「喪失」をモチーフにした、世にも不思議な物語たち5作品。村上ワールドが爆発していた。
 村上さんの短編が好きだ。長編だと、モチーフがうまくとらえられないからだ。
 この短編集は5作品からなり、全作品、「喪失」というモチーフによって束ねられている。
 
・ 偶然の旅人 は、ゲイだとカミングアウトしたことで姉を失ったピアノ調教師の偶然にまつわる不思議話し。
・ ハナレイ・ベイ  は、サーファーの息子を失った母親が、彼の面影を追いかけて息子の死んだ地を彷徨う話し。息子らしき亡霊を見たシーンが、彼女の心の彷徨い具合を表現していた。
・ どこであれ、それが見つかりそうな場所で は、マンションの24階と26階の間でいなくなった夫を探す奇妙な話し。発想としては、この世界観は好きだ。
・  日々移動する腎臓のかたちをした石  は、女の人を心の底から愛するという感情を失くした男と、高い場所に魅せられた女の物語。物語としては、一番、村上さんぽいかもしれない。よくできている。
・  品川猿  は、自分の名を失くした女と、それを盗んだ猿の奇妙な物語。この作品も面白かった。
 
 ざっと、喪失を軸に、あらすじだけを紹介してみた。
 次に、村上ワールドを少しだけ覗き見してみよう。

偶然の旅人のゲイのピアノ調教師と、乳がんの女性の出会うシーン。これが、実に、村上さんらしい。偶然、2人はカフェで隣りに座り読書をしていた。それも同じ本を読んでいて意気投合する。
 この本は、ディケンズの荒涼館。とてもマイナーな作品で、短編集に収録されている秀作なのです。こういう偶然の中にも、マニアックな村上世界が散りばめられています。普通は、ディケンズならクスリマスカロルです。
品川猿に出てくる主人公の女性に名札を預けたまま自殺する女の子は、精神の病っぽい感じがノルウェーの森の直子だし、ハナレイ・ベイの女主人公はJAZZピアニスト。
 村上ファンには、喜ばれるに違いない仕掛けが満載。
 もし、良かったら手にとってあげてください。おもしろいですよ。

ページ数 246ページ
読書時間 6時間
おすすめ度 100%

東京奇譚集 (新潮文庫) [ 村上春樹 ]
東京奇譚集 (新潮文庫) [ 村上春樹 ]