数式のように美しい3人の関係は、美そのものでした。
80分しか記憶が継続しない元数学博士と、家政婦母子の友情と愛を描いた秀作。



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 世界の成り立ちは、数の言葉によって表現できる。
 冒頭で博士は言います。
 これは数学の物語です。
 
 
「君の靴のサイズはいくつかね」と博士は問うた。
いきなりである。
「24です」
「ほぉ、潔い数字だ。4の階乗だ」
階乗数とは?
「1から4までの自然数を全部掛け合わせると24になる」
1X2X3X4=24

 博士にとって数字は、相手と握手をするために差し出す右手であり、同時に自分の身を保護するオーバーだった。
 1時間20分しか記憶が持続しない。それは約20年前に起こした交通事故のせいだった。
 スーツにメモを張り付けて大切なことを保持続けている。
 今は、義姉が彼の金銭面の面倒を見ていた。元恋人らしい。
 主人公の女性は家政婦だ。母子家庭に育つ、本人も母子家庭を営んでいた。息子がいる。

 この物語の中心には数学がある。
 それから、作者の数学に対する愛がある。
 家政婦さんの10歳の息子は、博士に√と名づけられた。頭の形が√だからだ。
 これは三人の優しい愛の物語である。
 その関係性は、数式のように美しく優しい。その優しさは、読み手にスポンジに沁み込む水のように入り込んでくる。その世界と数式の傍にいるだけで夢見心地となる。このまま永遠に、この時間が続いて欲しいというくらい。この三人は素晴らしい。
 
 博士の台詞に、こんなのがある。
「・・・何故、星が美しいのかが、誰も説明できないのと同じように、数学の美を表現するのも困難だね」
 この三人の美しさも言葉では表現できません。とにかく、美しいのです。
 記憶が飛んでいる博士と安心して話せるのは、数学の話しだけでした。
 博士は、阪神ファンで、江夏という古い時代の背番号28の選手が好きだった。
 しかし、この時代の背番号28は別の人だ。それを気づかれないように、√はごまかす。
 家政婦と息子の√は、とにかく博士に優しい。それは、たぶん、彼に父性を求めているからだ。
 博士の方も√には優しい。まるで、自分の子のようにみなしている。
 この感情の三者の流れが、血管のように、この物語全体の末端にまで流れて、この温かさを醸し出しているのだと思う。
 
 僕の好きなシーンがある。それは三人で野球観戦に行くシーンだ。
 博士は初めての野球観戦だが、不安なのか数字の話しばかりしている。
 √が、ジュースが欲しいと頼むと「まだだ・・・」と言う。反発すると、「まだだ・・・」と言う。
「あの売り子だ」と言う。理由を尋ねると、「あの売り子が一番美しいからだ」
 この美にこだわるところは、数学好きの博士らしい。

 数学は美しい。
 この世界も美しい。
 これは、そういう美の物語だと思った。
 もっと、この世界の中にいたかった・・・。
 おすすめです。まだの人はせび・・・。

ページ数 253
読書時間 6時間