武藤吐夢 BLOG

読んだ本感想を書いています。 毎月、おすすめ本もピックアップしています。

タグ:好きな本

みんなで夜に歩く。
それが、いつしか特別なことになり、ありえない奇跡を引き寄せるのだった。


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恩田陸は苦手だ
少しもおもしろくない
僕との相性は最悪だった
何で、ベストセラー作家なんか、よくわかんない

なのに、平成最後の本に
苦手というか、天敵の恩田陸を選んだ

夜のピクニック
タイトルが、ひっかかる

歩行祭
朝の8時に学校を出発し
翌日の朝の8時に戻ってくる
24時間(仮眠、休憩あり)
とにかく、歩きまくる
軍事教練の一つであろうか?
モンスターペアレントの攻撃材料になりそう
やばい
24時間歩きますかって
子供の頃見たリゲインのCMのようだ
ビジネスマーン、ビジネスマーン、ジャパニーズビジネスマーン。
時代に逆向しとる
今は、働き方改革の時代だぞ
コンプライアンス的に問題ありそう
教師の労働基準にも抵触しそう
というか、生徒が暴動起こしそう
歩け、歩け、歩け 
24時間歩くのだ!

何のために、こんなスパルタ行事をする?

それは楽しいからだ
みんな、この行事が好きだからだ
だから、やってる


いきなり、結論を言います
これは名作です
たぶん、令和の時代になっても
その次の時代になっても
人々を興奮させ、感動させる
そう、読むしかない作品です
すごかった
気がつくと、つんのめり、夢中となり
ページをめくっていた
自分が、知らぬ間に西脇融になっていた
甲田貴子を愛おしいと思うようになっていた
妹としてだよ
兄妹だからね

日常生活というのは、1つの物事を深く思考するのに適さない環境だと僕は思う

毎日のタイムスケジュールがあって
分刻みの忙しさ
家でも、食事、風呂、読書、Twitterの確認
いつも何かしていて、忙しくて、何かを真剣に考える
そういう環境ではない
昼飯は30分
それ以上かかると、次の予定が侵食される
たから、歩くのも早歩き
時間、時間、時間、時間・・・

むしろ、長時間連続して思考し続ける機会を阻害しているようにすら思える
意識的な排除だともいえる
何かに疑問を感じないようにしている
疑問を感じた瞬間、前に進めなくなるからだ
それがわかっているから、そうしている
わざと忙しくしている
深く物事を考えないために
それが大半の大人であると、僕は思っている

P73
・・・朝から丸一日・・・歩き続ける限り思考が一本の川となって、自分の中をさらさらと流れていく。旅行に出た時と同じ感じに・・・

いつもは、話さないようなことを
疲れた頭で答えることによって
隠していた本音が出たり、秘密が暴露されたり
日常とは違う、非日常の時の流れがそこには成立している

歩行祭を通過した印象は・・・
P97
過ぎてしまえば、みんなで騒いで楽しくて歩いていたこと、お喋りしていたことしか思い出さないのに、それは全体のほんの一部で、残りの大部分は、仏頂面で、足の痛みを考えないようにして、ひたすら前に進んでいたことをすっかり、忘れてしまっているのだ。

これって、まるで、僕たちの人生そのものではないか?
今、平成が終わろうとしているのだが
頭にあるのは、その大半を占める苦しかった受験勉強のことではなく、労働のことでもない
イベントごとのインパクトのある出来事ばかり
つまり、歩行祭は人生の縮図なのである

P414
「みんなで夜歩く。ただ、それだけのことが、どうして、こんなに特別なんだろう」

それは1200人のみんなが同じことを体験した
苦しみや楽しみや感動を共有したからであり
やりきったからだと思う

普通、24時間も歩いたりはしない
1時間であっても拒否するでしょう
それを全校生でやっていることが良い
意図はわかんないが
そのやり遂げた達成感なら想像できる
その疲れは、たぶん、すごく心地よいものだと思う

これは、西脇融と甲田貴子という異母兄弟のうち溶け合う話しなんだけど
この歩行祭という
設定がなければ、これほどに爽やかには描けなかったと思うんだ

今は、ちょっとしたことで、PTAが騒いだり
教師の労働時間がとややこしいが
こういう過酷な体験を共有することによって
得られる特殊な体験というのもあり
それは、たぶん、修学旅行よりも、もっと、得難い何か宝物のようなモノなのであって
部活を全力でやりきったとか、学祭で頑張ったとかと同じ
そこに自己の存在意義を刻み込むような
そのことによって、一気に成長するような
そういう出来事なのだと思う
それが歩行祭であり
この24時間なのである
読者は、それを主人公二人のフィルターを通して追体験できるというのが
この本の魅力なのです
良い本なのですよ
おもしろいです

ページ数 455
読書時間 約10時間
読了日 2018年 4/30 (平成最後の日)


【中古】夜のピクニック / 恩田陸
【中古】夜のピクニック / 恩田陸

今回もシュールな短編の数々。
ラストのどんでん返しが秀逸


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ネタバレ注意

不思議な国を旅するお話しです
短編集。
今回は、「アジン(略)の国」「道の話」「戦う人達の話」が面白かった

「アジン(略)の国」は、寿限無のように長い名前の国
子供が、国名をすべて暗唱しているのです
何で?
という疑問を抱えながら出国する
貧しいながら、いい国でした
その国を襲撃しようとしている男に出合う
昔、その国は1500人の人口がいた
1000人しか、賄えないのに
豊漁が続き、そうなったのだった
だが、漁獲量は元に戻る
水も足らない
強引に、500人をカット
つまり、他人に殺させた
その時の殺人を依頼された人間に救われた少年が男だった
その男は、復讐の為に戻ってきた
しかし、キノに国名を見てから、やるかやらないか決めては?
と提案された
彼は、復讐をしなかった
ただし、国名が微妙に変化した
その長い国名は、その粛正の時に犠牲になった人の名前だった
彼が生きていたことにより、その国名から彼の名前が消えたのでした。
その虐殺を永遠に忘れないため
その犠牲者の名前を国名としているのだ

「道の話」は、突然、キレイな道が現れた
国まで続いている
そこで歓待されている道つくりの集団にあう
彼らは、皆の為に何代にもわたって、色んなところに分かれて
この作業を行っているのだった
何故、こんなことをやるの?
とキノが聞く
この答えが、あまりにもダークすぎて
びっくりした
路は、他所の国との交流の懸け橋となり
国が発展し、科学技術が進歩する
そうすると、人類が滅亡するのが早まる
文明が進歩すればするほど
人類の絶滅が早まる
だから、道を整備するという
何ともダークな集団だったのだ


「戦う人達の話」は、アクションとしても、ミステリーとしても
人間物語としても、よく出来ていて
とても完成度が高く
ラストまで、その帰結がまったく想像もつかなかった
独立させて映画にしても面白いかもしれない

ページ数 257
読書時間 5時間
読了日 4/24

一度で二度も楽しめるSF作品でした。
お芝居にもなっています。


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演劇集団キャラメルボックスで上演された舞台に着想を得た作品(短編集)。
ヒア・カムズ・ザ・サン(Parallel)
ヒア・カムズ・ザ・サン

2作品とも同じ設定なのに、全く違う印象、読後感を味うことができます
これが、この本の特徴です

ヒア・カムズ・ザ・サンは、ミステリー風の切ない物語
ヒア・カムズ・ザ・サン(Parallel)は、どうしようもない父としっかりものの娘の物語

この作品は、7行のある役者の台詞がヒントになったのだそうだ
そこから、これを作れるんだから、有川先生の才能のすごさってのが
もう凄いってのがわかります

主人公の真也は、

何かに触れた時、不思議なものが見えたり聞こえたりすることが幼い時からよくあった
つまり、能力者

見えたり聞こえたりする、その「何か」は、どうやら、そこに残された「思い」らしい

触れたものは、2作品共通で、アメリカ帰りの父から、幼いころに別れた娘への手紙

そこに「会いたい」という強烈な思いが噴出していた。

ヒア・カムズ・ザ・サンの父親は、アメリカで大ヒット映画シリーズの脚本をして成功しているHALという人
Parallelの父親は、自称成功者の嘘つき親父

ヒア・カムズ・ザ・サンの父親は、以前、出演している動画と、目の前のHALが別人と判明する
ミステリーなので、ここまでしか語れませんが
この謎解き場面と、どうして、別人であるのかが鍵となります
すごく切ない話しです

Parallelの父親は、話しを盛る人で、娘からすると嘘つき親父
成功したのは嘘でも、「会いたい」気持ちは本物
最後に、本当の理由。会いたかった理由がわかります。
これも物語の鍵になる場面なので
語れませんが、嘘つき親父が語る真実は、読者に迫ってくる感情があって
僕は、Parallelの方が好きです

SF好きな人で、こういう変わった実験小説が好きな人は
たぶん、気にいって貰えると思います。

短編小説としても、2つとも読みごたえがあり
設定とは関係なく楽しめると思います。
いい時間が過ごせました。

ページ数 257
読書時間 5時間
読了日 4/21

この物語を読んだ後、あなたは、きっと、和菓子屋に行きたくなるでしょう。



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甘いものは、人を幸せにしてくれます。
一口で、気分が180度くらい変化いたします。
それが甘い物の魅力です。

デパ地下の和菓子屋さんでバイトを始めた アンちゃん
少しだけ、ぽっちゃりしてて、自分はモテないと思って、男子を避けている女の子です
これは、彼女の成長物語でもあります。

仲間のキャラが強烈
男っぽいが、接客が完璧な女性店長
元和菓子職人のお姉系の美男子
元ヤンの女子大生

彼女たちが売っている商品は・・・
和菓子です

何と言っても、この物語の魅力の中心は
和菓子でしょう
ここに描かれている和菓子が、とても美味しそうなのです
和菓子の世界を、わかりやすく細部まで丁寧に描かれています
だから、読んでいくうちに、和菓子の魅力にとりつかれていくのです

例えば「半殺し」という言葉があります。
一見、ヤクザにしか見えない、お客さんが吐き捨てて言ったセリフです
おはぎ について言ったのですが、その前にも、腹切りだの、こなし だのと物騒なことを言っていました。
このおじさんは、元菓子職人の先輩の立花さん
少しお姉系の美男子の師匠でした

P189
「半殺しというのはね、お米とか豆とか粒状の穀物を半搗きにすることを言うの。たとえば、秋田のきりたんぽなんかがそうね」
つまり、これは恫喝の言葉ではなく
おはぎ についての話しだったということなのです。

おはぎは、半分が米で、半分が餅
つまり 半殺し

このような感じで、物語は進行していきます。


前の店は、ケーキ屋さんでした。
ボヤ騒ぎがあった日、そこの店員さんがケーキを大量に持ち帰ります
アンちゃんが、彼女に話しかけると・・・
「兄が・・・」と
甘い物好きの兄さんがいるんだな・・・
と思っていたのですが、実は、この兄と言う言葉が曲者
デパ地下では、兄とは、売れ残りと言う意味
前に生まれ出たという意味です
ここに出店している店は、翌日の売れ残り(生鮮食品)は破棄するルールがあります
でも、このケーキ屋さんでは
売れ残った兄や、大兄(もっと前の売れ残り)まで売っていた
つまり、アンちゃんが不正を見抜くきっかけとなった

こんな風に、その業界独特の風習やルール、言葉がたくさん出てきて
なかなか面白いのです

僕が一番、好きなシーンは
辻占の話し
これは謎解きなのですが、その話しではなく
前振りの段階で、販売している辻占に占いが印刷されず白紙のまま入れてしまった
つまり、ミスがあったと判明したのです

この時の店長とアンちゃんの会話がいい

P324
「でも占いが白紙というのも、ちょっとおもしろいですよね」
「あら、何で?」
「未来が、自由って気がしませんか?」

そこに好きな文字を書き込めばいい
未来は、君が決めるのさ
誰かに決めてもらうもんじゃないんだぜ

そういうことなのです。
何か、本筋よりも、このアンちゃんのポジティブさに魅力を感じました。
和菓子好きには、おすすめの作品です。

ページ数 405
読書時間 8時間
読了日 4/19






満月にだけ開業するという<にじや質店>。
そこでは、願い事を叶えてくれる。


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にじや(虹夜) というのが店の名前
質屋です
昔、質屋は、通うには格好の悪いところだということで
隠語で呼ばれていたらしい

虹 = 7色 = しち
夜 = 屋

夜に見える虹は吉兆の証でもある。

この質屋の虹夜は、満月にのみ開業する
願い事を叶えてくれる店なのである
まるで、ドラえもん

狼男のような
ではなく、痩せた美男子が店主である

質屋だから、質草を差し出す
願い事を言う
利息として、何か大切なものを渡す約束をする

例えば、死んだ母親のおふくろの味が食べたいおっちゃんは
母親の食堂を自分の代で居酒屋にしたのだが、その店を差し出すと約束する

そして、願いが叶うという
4つの短編と
もう1つの物語
合計5つの短編だ

すべての作品が、愛に包まれていて
女性作家の優しい視線が、全体に、まるで初春の優しい太陽光のぽかぽかみたいに
全身を岩盤浴みたいに温めてくれて
読後感は最高なのだ。

最初の作品だけ、少しネタバレさせてみます

いろは という女の子が
男の人に、お金を貸した
この虹夜質店の名刺を渡されたので
満月の日に出向く。お金を返してもらうためである。
客と間違われ、願い事を聞かれる
子供の頃に死んだ、母から貰った何のかわからない鍵を取り出し
「これは何のカギですか?」と問う
それが彼女の願い事だ

それは、母親の鍵付き日記を開ける鍵だった。
父親には、死ぬ前に再婚してくれというようなことを言っていたが
そこに母親の本音が書いてあった
<わたしだけの 未知雄 さんでいて欲しい>
彼女のお母さんは、その言葉に鍵をかけて
娘に託したのだった。

小さい娘を残し、彼女には母親が必要となる
夫は、再婚するだろう
でも、本当は・・・
母親の女の部分を、その鍵付きの日記の中に封印していたのである

もしくは、この日記を読んだ彼女が
夫の新しいパートナーと
この日記を読むことで、上手くいかないこと
つまり、娘は自分だけの娘にしたいという願望があったのかもしれない

この最初の作品だけ、少し異質だが、この話しの幕開けとしては良かった気がする。
だって、結局は、娘や夫の為
母親は、自分が死んだら再婚してくれと口にし
それで彼女には、新しい母親とかわいい弟ができたんだもの
これは良い話しなんだと思う
本心を鍵付きの日記に封印するという
そこが感動ポイントなんだよ
何か、身体全体が熱くなる
そういう気分になるのだよ
そして、いい話しを読むと、少しだけ幸せになるのだよ


ページ数 243
読書時間 5時間
4/16 読了







里見八犬伝の現代版?。
おもしろかったが、これは別の犬人間の物語だと思う。


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ネタバレあり

小学生の頃、図書館で里見八犬伝を読んだ記憶がある。
内容は、姫様が犬の嫁さんになり、仁義がどうのこうの・・・。
つまり、はっきり覚えていません。

この物語は、里見八犬伝の現代版?。
贋作・里見八犬伝なのだそうです。
ジャンルとしては、ライトノベルファンタジー。
軽いです。アクション多めで、読みやすく、展開も早く面白い。

伏 鉄砲娘の捕物帳 として アニメ映画化されています。
監督は『千と千尋の神隠し』で監督助手を務めた宮地昌幸、脚本に『コードギアス 反逆のルルーシュ』の大河内一楼、ビジュアルイメージに『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』でデザインワークスを手掛けたokama。なんか、すごい・・・。でも、聞いたことなかった。

主人公は、14歳の猟師の浜路。
軽い雰囲気の女の子ですが、銃を持つとゴルゴ13ばりのハンターに早変わり、凄腕です。
兄がいて、この二人で賞金稼ぎになる。

何を狙っているかというと・・・

伏という化け物。
これは犬人間です。

ここに、冥土新聞という瓦版屋の男 滝沢冥土 が加わります。
冥土は、里見八犬伝の作者、滝沢馬琴の息子で
冥土新聞は、犬人間の事件を追いかけた人気の紙読み物なのです。

伏(犬人間)とハンターのバトルの展開から、一転
滝沢冥土の書いた 贋作・里見八犬伝の世界へと移ります。

ここが、物語の核です。
里見八犬伝とは、一味違う、少しファンタジー色の強い
それでいて人間物語の色合いもある
かなり引き込まれた
ここだけで、いいと思う
犬人間発生のルーツが解き明かされていきます


次に、また、現代に戻ります。
そこで、玉梓の呪いの部分が歌舞伎によって明かされます。
この芝居の作者も 滝沢冥土
その演者の中に、女形の信乃がていて、犬人間
芝居見物をしていたハンターの浜路兄妹は、信乃の正体を見破り銃撃戦
江戸の街の地下に張り巡らされた地下道に、落っこちて 浜路と信乃のランデブーが始まる
その終着点は江戸城の天守閣の上。そこで激しいバトルという漫画のような展開の見せ場があり、そのままラストに・・・。

高校生や大学生のアクション好きの男子が読むと
「すごく、おもしろい」ということになると思います。
20代、30代の人になると、里見八犬伝と贋作・里見八犬伝の比較という楽しみ方もできるのかもしれません。
悪くはないし、楽しめるが、アニメ向きだなと思った。
活字で読むと少し不満足な感じになる。

ページ数473
読書時間 12時間

平成は、何の時代かと問われれば「震災」の時代となるのです。


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平成は、どんな時代かと問われたら
・戦争がなかった時代
・日本の経済力が衰えた時代
・自然災害が多発した時代
と答えると思う。

僕は、運よく自然災害の犠牲から逃れた。
関西の人間なのに、阪神淡路の大震災では、別の地におり
台風などの自然災害の被害も受けていない

この物語の主人公「彼」は、東北の震災の被害者だ。
彼が、水害の地である奈良の十津川をバス旅行する話し。

たいくつです。
バス停に停まると、解説みたいに地誌や歴史の説明が始まる
そこに、過去の悲惨な思いでが入ってくる

例えば、震災後、墓参りに行くと墓が流されてなかった。
地が塩の臭いがしたという感じだ。
墓って高台にあるでしょ
そこまで津波が来たってことですよね。

盲目の知人が、震災後、生き抜いた。
でも、仮設住宅にいた彼は、突然、どこかにいなくなる。

こういう話しが、たくさん。

何だか、やりきれなくなってくる。
たぶん、これは日本人の中に震災被害のDNAが残っているから
それとも震災が共通認識だからだろうか?

関西の年配の人が、良く言う
「テレビ見ていると、地震速報出るけど、あれ見ていると心臓がドキドキする」
トラウマだと思う。

僕には、東北地震で親と妹を亡くした知人がいる。
彼は、震災の後、故郷に行き
そのことを知る
でも、叔父さんだけは生きていた
その叔父さんが、半年後、忽然と仮設住宅から姿を消した
自分だけ生き残った罪悪感なのかなと知人は言う
この本を読んでて、この話しを思い出した。

日本人の中にある
災害に対する共通認識が
こういう災害文学を読むと
辛いという反応を引き起こさせるように思う

小説としては、おもしろくなかった。
でも、色々と考えさせられた。


ページ数 274
読書時間 6時間
読了日 4/11

あの「黄泉がえり」の17年後を描いた続編。
加藤清正まで蘇ります。


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「黄泉がえり」は名作でした
誰にだって、生き別れた人がいます
友達、恋人、ペット、両親・・・
だが、生物学の常識として、一度死んだものは復活をしません
そんなことを許したら、世界が混沌に巻き込まれてしまう
でも、復活して欲しいという願望はあるわけで、その読者の思いの琴線を揺さぶったのが前作でした
だから、たくさんの読者を獲得し映画化されヒットしました

本作は、その17年後
舞台は熊本
熊本地震の被害があった後の世界
またしても、同じような奇跡

死んだ人が蘇ります。

前作同様に、色んな人の視線で、蘇えった人の物語が描かれるのだが
前回は、みんな消えた中。一人だけ生き残った男の人がいた
その人の娘のいずみが鍵になってくる
いずみは、蘇り人と妻との子です
ハイブリッド的な存在です
彼女の通学地域、行動範囲で、続々と、蘇り現象が起きる
皆が彼女の存在を意識している

その中には、ありえない人たちまで復活する

加藤清正
ミフネ恐竜

加藤清正が出てきて、話しは面白くなってきました
だが、違和感もある
エンタメの為に、この物語の大切な流れを壊すのではという不安です
続編というのは、前作の流れの中に存在していて
それを手にとった読者は、ほとんどが、前作のファンなのだから
前作の世界観を意識して、その世界に浸りたいと思い読んでいる
つまり、感動を求めている
せっかく、蘇った。その大切な人との別れというラストに向かっているわけです。
加藤清正が、現代に蘇ったコメディは求めていない

話しが崩れるかと思ったら、この清正さんが上手く動いている。
崩壊した熊本城への哀愁と
熊本再建への市民の思いを
この歴史上の人物を通して垣間見ることができるという構造になっていた

お決まりのスーパー台風との闘い
黄泉がえり人の活躍で、台風を回避し熊本市民は助かる
そして、彼らは消えるのだが・・・

今回は、復活する
加藤清正、ミフネ恐竜・・・、皆、生き返る
ハッピーエンドです。

人の強い思いが蘇らせる
困難を可能にする
それがモチーフ

変なラストだが、そこに熊本も不死鳥のように復活するぜという作者のメッセージを感じた




ページ数 499
読書時間 11時間
読了 4/9







大沢在昌、作家生活40周年記念作品です。
パラレルワールド、警察、アクション・・・。


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「帰去来」。このタイトルの意味は、故郷に帰るために、官職をやめてその地を去ることなのだそうです。
ラストシーンが、そういうことなのかな。

SFの場合、まず、それがどういう設定なのかが気になります。
この作品は、パラレルワールド。
ある世界から分岐し、それに並行して存在する別の世界をさします。
並行世界、並行宇宙、並行時空・・・。 

女刑事、志麻由子はおとり捜査中に、連続殺人犯に首を絞められ・・・・
別世界へ・・・
そこは「光和26年のアジア連邦・日本共和国・東京市」
戦後の荒廃した世界だった。
さらに、何故か出世している。いきなり警視です。
営業マンのチャラい元彼が、しっかり者の部下。
事情を話すと、すぐに味方になってくれる。すごく頼りになる。
周囲の主要人物はそのままなのだが
母親が死んでいて、殉職したはずの刑事の父親が生きているが
顔も年齢も違う(これが意味がある)

戦後の闇市のようなものがあり
「羽黒組」と「ツルギ会」という二大組織が牛耳っていて
それを、この志麻警視が潰そうとしていた。
双方に話しを持ち掛け、相討ちを狙っている。
これ黒沢監督の「用心棒」のオマージュだと思います。
ちょっと設定が古臭い
羽黒組の親分は、シャブ中で強面のいかにもであり
ツルギ会は、婆さんがトップで、三人の危険な息子がいるが、長男と次男は少し滑稽なところがある
何となく、ジブリ作品の天空の城ラピュタの女海賊ゾーラに見えてきた
人情味のある女ヤクザなのです。

当然、大沢作品なので警察小説です。
両組織を解体させる方向へと向かいますが
同時に、志麻警視の出生の秘密
どうして、前の世界と今の世界では、父親が違うのか
色々な伏線をラスト怒濤のような急激な展開で収集し
最後は、納得のいく答えが出てくるという仕組みになっています。
2つの世界を行ったり来たり、殺人鬼に生命を狙われる所も見せ場だと思います。

ミステリーなので、詳しくは語れません。察してください。

p435
「そうだ、時間の流れが歪んでいて、こちらよりも、もっと時間が速くすぎることもあれば、ゆっくりの時もある。2つの世界の流れはいっしょではない」

前にいた世界で、時系列がバラバラに殺人事件が起こっていたのですが
犯人のこちらでの状況と合致しないのですが
このセリフで、正当化してしまうという後半荒業まで見せ、すべてのバラバラに配置されていたパズルが
一応は、読者の納得いく形でおさまります。

人物造形が深く。展開も軽やかでエンタメ寄り。
読者を楽しい方向に向かって、どんどん誘導してくれます。
最後、200ページはトイレに行くのも忘れていました。
刑事ものとSFが同時に楽しめる良い作品だと思います。



ページ数 552
読書時間 14時間
読了日 4/6


 

ハイラインのSFの傑作。
彼の想像力は天才と言うしか、他の言葉では表現できない。



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ネタバレ注意


古典に分類される古い作品です。
書かれた時期も設定も古い。
ざっくり言うと、舞台は、1970年のアメリカ。2000年に、タイムリークするって話しです。
ドラえもんで言うと、勉強机の中にあるタイムマシーン
バック・トゥ・ザ・フューチャーで言うと、デロリアン
この物語では、冷凍睡眠という方法をとります
30年後ですよ
その直前に、アヘンを服用されるのですよ
凍死するでしょう

彼は、発明家で、1970年にロボットを作っています。
掃除用ロボットも作ります。
勝手に掃除をしてくれるのだそうです。
ルンバでしょ。


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この本の初版が、1975年ですから、予知能力に近いような想像力ですね。

2000年。つまり、30年後の未来。
僕らからすると遠い過去ですが・・・。
どんなイメージかというと、携帯電話はあったかなかったか
パソコンもあったかなかったか
よく覚えていませんね
20年前なんて大昔なのでわからん

この本で描かれている2000年は、ロボットが、普通に、会社で受付をしていて
病院にも介護用のロボットがいる。
風邪が撲滅している。
服や、色んな物も最新技術で、理想的です。

この時代、ネットがなかったのに
IOTに近い発想があるのが面白い。
スマホとか、ネットの発想が、すっぽり抜けているのですが、他の物で補完しているのが面白かった
人間の想像力を駆使して、この世界観を作り上げたという感じがします。
一番の面白ポイントは、この2000年の近未来です

未来新聞の描写ですが・・・
P142
写真は、多色刷りか、さもなければ黒白の実体になっている。
実体鏡を用いなくても立体的に見える・・・

3Dですね

偶然に、ぼくの手が新聞の右下に触れた途端に、新聞の表面がその端を起点にして、いきなり、くるくると巻き上がり・・・
・・・ここを触れるごとに、ページはいくらでもめくれるのだった。

仕組みが想像できん・・・

広告欄・・・
旅行に興味のある未亡人
同様の趣味のある成年男子を求む
目的、2か年契約結婚

1970年に戻った時の彼の感想・・・
P283
風邪をひいてしまった・・・、服というものが雨に濡れるということを失念していたのが原因だった。
その他、料理がすぐ冷めてしまう皿。洗濯に出さなければならないシャツ。使おうとすると必ず蒸気で曇ってしまう浴室の鏡。舗装されていない・・・泥道。
数えたてればきりがない。清潔で完全な21世紀の生活に慣れた僕には、1970年の世界は果てしない不便と面倒との連続だった。

本当の2000年は、そんなに進んでない。

1970年に、もう一回戻るのですが
こっちは、タイムマシーンを使います
1970年に戻った、彼は、自分の人生を修正し、また、2000年に戻ってくるという話しでした。

おもしろかったです。

ページ数 338
読書時間 7時間
読了日 4/3

<読了> #夏への扉 #R・A・ハイライン
1970年から2000年まで、冷凍睡眠で時間旅行した発明家の男の物語
この近未来は、ロボットがそこら中にいて、風邪が撲滅している世界
作者の想像力はたくましい
かなり、今と違いますね。
再度、1970年に戻り、人生を修正するという傑作

— 武藤吐夢@読書などなど・・・ (@m181981) 2019年4月3日 >




【中古】 夏への扉 ハヤカワ文庫SF345/ロバート・A.ハインライン(著者),福島正実(著者) 【中古】afb
【中古】 夏への扉 ハヤカワ文庫SF345/ロバート・A.ハインライン(著者),福島正実(著者) 【中古】afb

時代ものでも万城目ワールド炸裂!。怒濤のラストシーンは必見です。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

 

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 結局、一週間かかってしまったが、それだけの費用対効果はあったと思います。
 最後の大阪城のシーンは凄かった。まだ、興奮が冷めやらぬ。そのままの勢いで、最初から、もう一回読んでやろうか。そんなことを一瞬思いました。面白かった。
 
 5年くらい前の僕に「好きな作家は?」と問うたら万城目さんの名前が4番目くらいに出てました。
 『鴨川ホルモー』『ホルモー六景』『鹿男あをによし』『プリンセス・トヨトミ』『偉大なる、しゅららぼん』。どれも、ごっちぁんでした。
 最近は、ずっと、ご無沙汰で、この本も2年以上積み上げ本状態。持っていたのを思い出しラッキーでした。

 薬に入れるはずの「らっきょう」と「にんにく」を面倒だと間違えたままにして、人が死んでしまったことで伊賀忍者を破門となった風太郎は、京都にやってきて、清水寺の近くの産寧坂の瓢箪屋に就職する。
 ひょうたんに取りついた因心居士というモノノ怪にトリツカレて瓢箪を育てることになる。その瓢箪繋がりで、高台寺に住む秀吉の正室のねね様と知り合い。
 ひさご様という太った公家と祇園園の見物に向かうが、そこで京都所司代の配下の残菊って奴らに襲撃される。この ひさご様が豊臣秀頼。
 因心居士の瓢箪を完成させる職人を ねね様に紹介して貰ったところから、話しは急展開。残菊たちに殺されかけるわ、大坂夏の陣は始まるわ。
 挙句の果てに、ねね様と因心居士から頼み事。戦さ真っただ中の大阪城に侵入、因心居士の術と仲間たちの助けで、やっとこさ ひさご様(秀頼)に目的の物を渡すのだが、逆に、秀頼の子を脱出させてくれと頼み事をされてしまう。
 大阪城は落城寸前、徳川方の残菊たちは待ち構えている。そんな中、仲間と力を合わせて敵と戦い。赤ちゃんを守って城を脱出するという話でした。
 このラストの大阪城のシーンは、映像化したら、かなり楽しめると思います。
 宮藤官九郎あたりで、映画化してもらいたいなと思いました。
 悪役の残菊は、もちろん、足袋屋でございます。
 時代ものと言っても、司馬遼太郎とか藤沢周平のような真面目なものでなくて、モノノ怪が変身したり、風で空を飛んだり、気配がわからないから相手から見えなかったりと、どちらかというと山田風太郎と和田竜をごちゃまぜにした雰囲気です。
 純粋に、エンタメを楽しみたいと思う人には良いかと思います。
 750ページです。
 読むのに覚悟がいります。

ページ数:752
読書時間 20時間くらい
読了日 3/31


【中古】 とっぴんぱらりの風太郎 / 万城目 学 / 文藝春秋 [単行本]【メール便送料無料】
【中古】 とっぴんぱらりの風太郎 / 万城目 学 / 文藝春秋 [単行本]【メール便送料無料】

テンポの良い大阪弁と、子供目線から見る世界の不思議に戸惑った。色んなものを失ってきたのだなと実感させられます。



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※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

 先日、西さん原作の< まく子 >という映画を見てきた。
 思春期の少年の自己嫌悪とか、大人の男を穢れた存在のように見る子供独特の視線に驚きました。
 女子を意識したとたん、男はこうなります。
 ラスト近くで、夢精でパンツを汚した下半身丸出しの息子の前で、父親(草彅さん)が同じように下半身丸出しになり、「きもいやろ・・・」というシーンが今でも脳裏に残っています。大人は、きもいものだから、それで普通だから心配しなくていいという父親の愛情溢れる性教育でした。

 この作品、< 円卓 >は、同級生の少し大人びた女の子の眼帯に憧れる9歳の少女琴子(こっこ)が主人公です。
 僕も昔、眼帯に憧れた経験があります。弟のいらなくなった眼帯をマジックで黒く塗って「海賊ーーー」と言って、友達と公園でブランコの曲芸のりをしたのを覚えています。遠近感がないので、めっちゃ怖かった。まさくし恐れ知らず。
 子供は、ああいう、ちょっとしたことで、自分が違った何かに変身したような気分になるのです。その子供のころに失った懐かしい感覚を冒頭から思い出させてもらいました。

 こっこ(琴子)は、公団住宅に住んでいて8人家族です。祖父母、両親。そして、中学生の美人の3つ子の姉妹。みんな、年下でかわいい こっこ を可愛がっています。
 食卓に、潰れた中華料理店で貰ってきた巨大な円卓がある。ここで、わいわいがやがやと食事をとるシーンが何かいいのです。
 こっこは、ジャポニカ学習帳を持っていて、そこに秘密の書き込みをしています。
 表紙は、蟻です。後に、3つ子の姉の一人が、刺繍の参考にと勝手に持ち出し騒動になります。
 その表紙の蟻の触覚の先に、だれもあけることならぬと幼い字で書いてあります。
 そこには大切な言葉が書いてあるのです。

 こっこの友達に、ぽっさんという同級生の男子がいる。彼は、どもりです。この子がいい子です。

「あれやで、うちが弟や妹にやきもちやいてるんちゃうか、て思うなや。違うねん。うちは全然、そんなんやのうて、妹も弟も、いらんねん。嬉しないねん」p111
・・・と琴子は彼の前で心情を吐露します。
 普通、大人の感覚だと諭します。「赤ちゃんはかわいいよ」とか「そういうのは我儘だよ」
 でも、この親友は、僕たちが忘れていたような感覚で琴子と接します。
「う、嬉しなかったら、よ、喜ばんでも、ええ」
 このセリフには痺れました。
みんなが喜んでいる時、自分も喜ばないと・・・
 そういう強迫観念が彼にはないのが良い。大人になると、それに無意識に縛られて雁字搦めにされてしまう。

 でも、この後、琴子は朴君という男子の不整脈を真似します。純粋に、かっこいいと思って、眼帯の時と同じ感覚です。この時は、ぽっさんは叱ります。
「ぼ、朴君の不整脈も。香田めぐみさんの、も、もらいものも、本人が、格好ええんやろ、て、思っとったら、え、ええけど、嫌や、い嫌やって、思てるんやったら、何もせんほうがええんと、違うか」P117
でも、そんなことはわからんという話しになります。
「そ、想像するしか、ないんや」
 なるほど、子供なのにしっかりしていますね。
 ジョン・レノンの世界か。ベトナム戦争を想像しろ。戦争の悲惨を想像しろ。不整脈で苦しんでいる友達を想像しろってことですね。深い。

 ノートを失くし、母親の妊娠で引っ越すかもという不安定な中、夏休みに突入するのですが、琴子とぽっさんは、学校の兎の散歩を日課としていました。小屋を飼育係が掃除している中、兎の面倒を見ていたのです。
 ぽっさんがいない日、琴子は、変態と出くわしてしまう。
「ご尊顔を踏んでくれはるのん」と近づいてきます。
 琴子は、変態の顔を踏み、その鼻血を足裏に・・・。
 ウサギ小屋に行くと、ぽっさんはいない。一人で兎を連れて・・・
 
P146 こっこは、一羽を無理矢理、自分の顔に乗せた。ウサギはさらに嫌がり、何度か、こっこの顔を引っ掻いたが、やがて諦めたのか、静かになった。

 思春期の少女の奇行は、他にも書かれています。
「しね」という文字を紙に書き、それを机の中に無数に隠していたこっこの前の席の女の子です。
 こっこは、それを誰にも言いません。
 理由も聞かない。
 ここが大人とは違うところ。
 大人は理由を知りたがる。
 追求し追いつめる。
 情報収集、解析。それから判断というプロセスをとる。
 子供は、そんな方法論は採用しない。
 こっこたちは、新学期に登校してきた彼女の机の中に、無数の紙きれを入れておきました。
 これがラストシーン。
 それはこっこのノートに書かれてある。大切な宝物の言葉たち。

 おもろいかたちの野菜、たこやき、こいカルピス、給食、あいこがつづく時間、みつご、円卓

 それはこっこの好きな言葉たち・・・。
 頭の中に、どっと、こっこが流れ込んできます。



ページ数:201
読書時間 4時間
読了日 3/24

 円卓 (文春文庫) [ 西 加奈子 ]
円卓 (文春文庫) [ 西 加奈子 ]

質問に答えるという形式で、銀座まるかんを創業した斎藤一人さんの幸福について語る本でした。超ポジティブ思考です。良い言葉満載。


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※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。



 質問は、全部で49個。
 その答えは、すべて愛に満ちていて、読者をポジティブな考えに導いてくれます。

いくつか、斎藤さんの言葉をピックアップしてみます。
順不同

  自分に好きなことがあるならば、それがあなたの幸せになる道。信念でそれを貫けばいいんですよ。P148

勉強が好きな人はとことん学べばいいけど、死ぬほど嫌いな人間にまで無理やり勉強させようとするからいけない。・・・勉強を嫌いになり、本も嫌いになる・・・・損をする。何でも無理やりはいけない。P95

好きなことをさせておくと、放っておいても、みんなうまくいくんだよ。好きなことをしてこそ、みんな成功できるんだ。P99

 私たちは、どんな悩みを抱えていようと、「必ず幸せになります」って神様と約束して産まれてきたの。幸せって「義務」だからね。P38

 主導権は、常に自分にある。「人生の舵」は自分がとるということを常に忘れないでね。P129


 この世の中に失敗なんてないんですよ。これじゃダメってわかっただけのことで、それを失敗とは言わないんです。P118

 あなたに向上心が芽生える時、誰にも負けないキラッと光る魅力がつくんだよ。P44

 例えば、あなたは、しょっちゅう誰かに怒っているとします。それって、あなたが怒る理由を探しているからだよ。P51

意見が変わることはいいこと。今、あなたが出せる最高の知恵で一番いい判断をしているんだよ。P64

 くやしさは自分を成長させるチャンス。P69


最初は難しく感じても、やっているうちに自分が向上するから、ちょっと時間がたつと簡単なことに変わっているの。そうすれば、もう1つ上のことができる。その繰り返しなんだよね。P108

仕事は同じことの繰り返し。同じことを毎日していれば、誰だって絶対にうまくなるの。P109

 一番大切なことは、問題が解決するまで諦めてはダメってこと。P116

自分を愛して他人も愛します。
   優しさと笑顔をたやさず
   人の悪口は決していいません
   長所を褒めるようにつとめます


 これを実践するのは、かなり難しい気がする。
 斎藤さんの優しい語り口と、すべてを肯定する感じが良くて、読後感は最高です。



ページ数:180
読書時間 4時間
読了日 3/21

 東京オリンピックが終了した三年後、日本は景気後退の局面に入り労働者不足から大量に移民を受け入れていた。これは近未来の物語である。作者の想像力に脱帽。

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※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

 
 オービタル・クラウドという作者の過去作も近未来を描いていた気がしたが、これは藤井流なのか。
 東京オリンピックの3年後の話し・・・。

 主人公の舟津怜は、とんでもない両親から逃げる為、他人の戸籍を買い、仮部諫牟として、ベトナム料理屋の上階の六畳一間に暮らしていました。偽造戸籍です。
 設定か、こういうことになっているので、やたらとベトナム人の名前が最初に出てくる。もちろん、これは、移民がたくさんいるという印象を残すため。近未来という設定の為、やたらとIT系のドローンやQRコードとかの用語が出てくる。そのようにして、読者に物語世界の背景を示唆しているようだ。かなり作為的だと思うが雰囲気は出ている。

 仮部の仕事は、消えた外国人労働者の捜索と説得。724というベトナム料理のチェーン店に雇われている。在日外国人問題。
 ファムさんという、ベトナム人の美人で、とても勉強のできる子がターゲットだ。
 彼女は、東京オリンピックの跡地にできた東京デュアルって、働きながら学べる大学があって、そこの生徒で、724という店の社員。失踪中です。
 その大学は、学費、寮費、食費も学校が貸してくれる。奨学金みたい。ただし、協賛企業に入社したら借金が半分になるという。理想郷のような学校だ。
 日本の国が貧しくなったので、大学に経済的な理由で行けない人には助かる場所のように、僕には思える。

 仮部は、簡単に彼女を見つけ出す。
「この学校で、人身売買が行われています」と彼女は言う。
犯罪小説かと思いきや・・・

 つまり、この金は借金である。奨学金と同じで返さないといけない。卒業するころには、800万を超える。そうなると、生徒は協賛企業に入社して借金の半分負担をして貰うしかない。
 
「借金をして職業の自由がなくなることを、わたしやファムさんは人身売買と呼んでいるの」とNPOの人が言う。P179

この小説の核は、ここだ。
 バルクールの描写が素晴らしいとか、色々あるが、そこが大切なのではない。
職業選択の自由がないのは、それは自由とは言えない。ここが重要だ。
 それって、闇金に借金して、マグロ漁船に乗せられたり、アダルド動画に出演させられるのと似ている。ヤクザは、借金を返すまで骨までしゃぶるのだ。
自由を奪われるのは問題だ。

 不自然な時代錯誤のストライキとかも、これを際立たせる為の演出だと僕は思う。

 理想的と思えたシステムにも、穴は必ずある。
 僕なら、80%OKなら、全部OKとか言いたくなるのだが
 藤井さんは、作品に違和感を生じさせてまで、ここにこだわった

「東京デュアルの人身売買」と叫び、偽物の先導者に踊らされた哀れな民衆(学生)・・・
たぶん、彼らは、自分の主張していることの意味も把握していないだろう・・・
そんな数万の学生たちの代表と、学長を対話させる。公式討論会だ。
中継されているのに、そこで、学長は、東京デュアルの問題を認めるという結末。

 エンタメ小説としては微妙だが、このアイデアは好きです。
 十分に楽しめる近未来小説だと思う。


ページ数:360
読書時間 7時間
読了日 3/20


東京の子 [ 藤井 太洋 ]
東京の子 [ 藤井 太洋 ]

いつも、この手の本は、神話のあらすじが固くて、すんなりと入っていかないのだけど、これは違った。物語に、きちんとキャラがついていて動きがリアルだ。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

 

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 映画やお芝居、小説の比喩として、ギリシャ神話が、よく、登場する。
 オイディプスの血、アリアドネの糸、パンドラの壷(箱)・・・
 ギリシャ悲劇・・・
 よくわからずに、納得していた。だが、知りたいと思った。で、ある人にすすめられて、この本を読みました。
 
 本書は、12の章から構成されていて、11個の神話の紹介とまとめ(概観)のような形になっています。
 どうしても専門書の神話の引用文(紹介)は固くて興味がわかなくて困るのですが、この本の作者は作家らしく、キャラ設定もきちんと出来ていて話しがリアルなので、解説部分がなくても、これだけでも満足という出来でした。解説部分もとてもわかりやすいです。
 入門書なので、ざっと触れた程度ですが初心者には満足なのです。


 ギリシャの神々は、実に、人間的である・・・・
 と阿刀田さんは言うが・・・
 ギリシャの神様は、中年のおっちゃんのように女性差別的であり、頭の中がエロ男爵です。
 ゼウスは、人妻にまで手を出すし、ディオ二ュソス別名にバッコスは、恋人のいる女を無理やり自分のものにする。
 ギリシャ神話が悲劇的だというのは、この神々の戯れ。理不尽にあるように思いました。
 阿刀田さんは、軽く男女差別と、この問題を扱っていますが、神話というのは歴史上の事実の反映がある可能性があり、民主的と思われていたギリシャに、こういうことが実際あったということではないでしょうか?。
 つまり、神からすれば、女の人や人間はモノみたいなものということでしょう。
 モノみたいに、人を扱う人がいたから、物語が悲劇の色に染まってしまったのではないかと思うのです。
 今でいうと、夫の両親の介護をしているのに、感謝されない奥さんとか・・・。悲劇です。
 フランスのルイ王朝の時代、王が臣下の妻を無理やり自分のものにし愛人にし子もなしたという話しがあります。その配下の男は、それで出世したのです。
 近世以前の時代には、こういうことが平気でまかり通っていた。
 人をモノ扱いです。
 神話の中には、そのような事実が隠れていて、物語として読んでいる読者に「神、お前、それはないだろう!」と怒りすら感じさせるのです。

 最後に、やはり、気になるパンドラの壷の話しをします。
 小説や映画では、パンドラの箱。邪悪なものが閉じ込められていて、それを開けると、それらが世界を暗黒世界に変える・・・、みたいなイメージ。
 まず、これは神話では壷です。パンドラという女性が持っていた「開けてはいけない壷」でした。
 たいていの昔話で、開けてはいけないものは開けてはいけません。
 浦島太郎とか、鶴の恩返しとか・・・・。
 これはゼウス(全能の神)が、自分に知識で対抗してきた生意気なプロメテウスを陥れる為に仕掛けた罠でした。それを弟のエピメテウスが、パンドラの美しさに魅了されて・・・という話し。
 
パンドラの壷から飛び散ったものは、病気、悪意、戦争、嫉妬、災害、暴力など、ありとあらゆる【悪】でした。
P148

壷の底に残っていたものがありました。
ただ1つ、かろうじて【希望】だけが残った


希望は、ずいぶんと嘘つきではあるけれど、とにかく私たちを楽しい小径をへて、人生の終わりまで連れていってくれる・・・と阿刀田さんは言います。
この部分が大好きです。


ページ数:241 
読書時間 5時間
読了日 3/18

夏目漱石は、I LOVE YOU という言葉を「月が綺麗ですね」と訳したのは有名だ。主人公の高校生も、自分の思いのたけを言葉に託して愛する人に告白する。言葉にこだわったミステリー作品でした。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。



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夏目漱石の訳した I LOVE YOU  の訳である「月が綺麗ですね」が最も好きな日本語であると・・・

 転校生の外国人アキ・ホワイトは言った。
 この物語は、言葉に精通している元天才書道家の高校生と、アキ・ホワイトの物語である。
 4つの短編によって構成されており、1つ1つが言葉にこだわった推理読み物になっている。

 1話目は、回し手紙の読み違えから、発展した三段構えの謎解き。ラストに驚愕の事実が待ち構えている。
 ミステリーなので、ネタバレは避けたいが、これじゃ雰囲気も伝わらない。
 その三段構えの2番目を少しだけネタばれさせます。
 ぎなた読みを使った謎解きです。
 例えば、ぱんつくった という文章があります。
 、の位置を変えると意味が変わってきます。
 パン作った
 パンツ食った
 こういう錯覚を使った謎解きです。

 2話目は、名前の話し。
 「彁」って漢字の読み方は何か?
赤ちゃんの名前ですが、その名付け親の母親は記憶喪失。
 ラストに、強烈なオチありです。

 3話目は、目の不自由な女の子としゃべれない男の子の物語。
 二人は学園祭で、本を売っています。二人で書いた話し。
 そこには暗号が・・・。
 少しネタばれさせます。
 それは愛の告白の暗号

君の目になりたい
 この言葉が出た瞬間、僕まで「よっしゃー」と叫んでいました。

 4話目は、二人の主人公の愛の話し。
 「月が綺麗ですね」に変わる告白の文字を言の葉探偵の彼が探し出し
 屋上に書くって話しです。
 ここもネタばれさせます。
  
 彼女の名前は、アキ・ホワイト 日本名は、小早川亜希

 だから、彼は と言うことの葉を選んだ。
 希う
 転じて
 恋願う

 この想い、彼女に通じたのか?
彼女は、立ち去る前に、こう言います
「月は綺麗ですか?」
「月は綺麗ですね」が I LOVE YOU と言う意味だから
 その疑問形
 私のことを、愛しているのですか?
どうやら、彼の気持ちは伝わったようだ。

 謎解きと恋愛とミステリー。軽いノリなので、読者を若者に限定させるつくりになっているのが残念。想定していたよりも楽しめました。



ページ数:304
読書時間 5時間
読了日 3/16


ことのはロジック (講談社タイガ) [ 皆藤 黒助 ]
ことのはロジック (講談社タイガ) [ 皆藤 黒助 ]

かわいらしい狼の写真を見ていると、今まで抱いていた彼らに対する偏見が吹き飛んでしまう。狼の研究者のフィールドワーク研究が凝縮した魅力的な作品でした。
 
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 狼というと、赤ずきんに出てくる悪い狼。もしくは、狼男。
 絶滅、人食い、危険な獣・・・「がぉーーー」というイメージ。
 この本は、そのネガティブなイメージを払拭してくれます。
 たくさんの微笑ましい狼の写真だけでも癒されます。
 じゃれ合う狼はかわいい。

 この本の作者は、元弁護士の狼研究家です。
 オオカミ研究施設ウルフパークの研修生に選ばれたことが、きっかけで、この世界に入りました。
 仕事は、狼をウォッチすること。
 この本には、彼女が見た狼の姿。フィールドワーク研究が書かれています。

 まず、僕の目にとまったのは、狼の教育方法でした。
 狼の親は、外に対して一致した行動をとるP28
 人間だと、子供が悪さをしても、ママが叱るが、パパのところに行くと味方をしてくれるという矛盾した行動をとります。同じ事柄でも、気分によって叱ったり叱らなかったり。
 狼は、そうではなく。両親が一致した行動をとり叱ります。
 子供を間においての両親の対立などは存在しません。

次に、驚いたのは狼のリーダーについての記述でした。
 イメージしていたのはボス猿。集団の中で戦って勝った猿がボスになりメスを独占する。そういう形でした。
 どうも、狼はそれとは違う。決闘なんて、ほとんどない。合理的な理由でリーダーを決めていたようです。キーワードは、経験でした。さらに、狼のリーダーには女性的な繊細で気配りができるというスキルも要求されるようです。もちろん、ある程度の腕力も求められます。つまり、総合力です。

リーダーの地位と攻撃性は関係がない。たえず威張ったり挑発したりするリーダーは、権力の喪失を恐れているためであり、リーダーに相応しい人格ではないP45

どうも、狼は独裁者を嫌う性質があるようだ。

 僕たちは、カラスが嫌いだ。しかし、狼にとって、カラスは親友だった。イメージとしてはペットに近い。この二者は、とても親密な関係性を築いていた。
 カラスは、現在でも狼の目と言われている。高い所から観察し狼に危機を知らせる。
 二者には、どうやら共通の言語らしきものが存在するらしい。
 
カラスは、狼にとって警報装置であり、いっしょにエサをつつく邪魔者である。カラスは狼の糞を食べる。大人の狼の糞には、消化されずに排泄された骨や毛が含まれている`122

人にとって、嫌われ者である狼とカラス。この二者は親密な関係で結ばれていた。
 北欧の神話には、人とカラスと狼が出てくる。それは、人類の狩猟時代の名残だと作者は言っている。

 狼は、よく遊ぶ。じゃれ合う。時には、噛んだりすることもある。この遊びの中で加減を覚えたり、大人がわざと負けることで勝つ喜びを子供に教えたりもしている。
自制と役割交代を通して、どのような態度ならほかのメンバーに許容されるか、どうやって紛争を解決するか、といったことを学んでいくP156

人が、よく自制をなくしてキレたり、犯罪まがいのことをするのは、子供のころの遊びの欠如もあるのかもしれません。狼は仲間同士では殺し合いをしません。

 動物は感情がないと言われることがありますが、それは違うと作者は言っています。
 狼は、リーダーが死ぬとみんなで遠吠えをし悲しみます。夫婦の場合は、ショックで死ぬ相方もいるようです。深い愛情があるという証拠です。

狼は家族がいなくなると悲しむ。誰かが死んだり姿を消したりすると、困惑して捜索をする。・・・嘆きを込めて遠吠えを繰り返す。でも、やがて振り払い、立ち上がって、それまでの生活の営みを続ける。生活のリズムに従って、・・・自然界のあらゆる生物がするように、今、ここに生きていることを祝う。この能力を失ったのは、人間だけではないだろうか。・・・、もっと、現在を生きればいいのに
P175

 人が狼を忌み嫌う。そこの裏側にあるのは不安なのではないでしょうか。
 狼は人間を襲う、食べる・・・。
 だが、狼は人を食べない。
 人を殺すのは狼よりも、件数でいうと犬の方が多く。
 人間を一番殺しているのは人間であり、人間は肉食動物であり、他の生物を食べて生きているのだという意識の希薄があるのではないかと作者は言っている。

 オオカミの知恵
 家族を愛し、託されたものたちの世話をすること。遊びをけっして忘れないこと。


ページ数 263
読書時間 6時間
読了日 3/15


狼の群れはなぜ真剣に遊ぶのか [ エリ・H・ラディンガー ]
狼の群れはなぜ真剣に遊ぶのか [ エリ・H・ラディンガー ]

1992年出版の芥川賞作品と三島由紀夫賞作品という2作品の入った復刻版。若い女性の心の葛藤を繊細なタッチで描き、その背景に見え隠れする社会問題まで浮彫にした名作です。
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至高聖所という芥川賞作品を読みたくて読んだのですが、表題作に度肝を抜かれました。

《 僕はかぐや姫 》という三島由紀夫賞受賞作品について書きます。
これは名作です。

千田裕生は女子高に通う17歳。
自分のことを「僕」と呼ぶ。
大人でもなく、子供でもなく、女でもなく、男でもない。
17歳が好きで、18歳になりたくない
死を薄皮一枚で感じていて、なのに、死ぬのは怖い。
何でも否定するのが好き
とても不安定で見ていると怖くなる
そういう女子高生の憂鬱な時間を、生々しく、息苦しく
たんたんと描いた作品だった。

彼女の友人尚子の言葉が印象に残った

ぼくに与えられた
ぼくの日を
ぼくが生きるのを
ぼくは拒む

P38

彼女たちの心情が、よく表現されている。

「誰も彼も己の座席の1センチ外にも関心がないほど傲慢で、また、自分は他人を非難できる者ではないと思うほど謙虚」
P30

そんな不安定な裕生が、生物の教室の机に
ボートレールの一節を刻み込んだ

君は、誰を一番愛するのか?

男、プラ成(生物の先生)など・・・の無数の返信が帰ってくる。
机の上は返信の落書きの山
その中に、塑像のように美しい女の子がいて仲良くなる
待ち合わせて一緒に帰る、一緒に食事をして、いつしか心が重なっていく
次第に、ほのかな恋心を抱くようになるが・・・
彼女には恋人がいる

そう、この時代の恋はうまくいかない。
イライラ
死を渇望
女子高生特有の不安定さ・・・

元彼と再会
誕生日プレゼントに、かぐや姫の本を貰う

P78

「買う前に、その本を読んだけど」と彼は言った。
「かぐや姫って、結局、男のものになんないのな」


もの・・・
もの・・・
・・・のモノ。


自分は、モノなのか?

たぶん、この感覚への否定が、彼と別れた理由だろう

女は、男のモノなのだろうか?
誰かの所有物になりたくない
嫌だ、嫌だ、嫌だ・・・
モノ扱いされたくない
塑像のように美しい女子に憧れたのは
彼女が、千田裕生を、そのように扱わなかったからなのかも。

少し百合的な展開となり、困惑するが
この裕生の気持ちわかる

自己のアイデンティティの否定
女をモノとしか捉えぬ男社会への反発
だから、17歳が好きで18歳になりたくない
このまま女子高のままでいたい
私たちはモノじゃない
人間です

女子高生たちの心の叫び声が
怒りが
文字面から、次から次へと湧き出てくるような
そういう名作だった
読後、すごく切ない気分になった。


ページ数 209
読書時間 5時間
読了日 3/13

4年ぶりに目覚めた天才ピアニストと、彼女を殺すようにと依頼を受けた伝説の暗殺者。ラストまで、依頼人と、その殺害目的がわからないのがポイントでした。
ネタバレ・・・

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 タロット占いを趣味にしている伝説の暗殺者。
 この設定がおもしろい。わざわざ占いをして、その運勢で依頼を受けたり、アクションを起こしたりと、かなり変わっている。
 そのターゲットとなる女は、4年前に交通事故にあい、ずっと植物状態で眠っていて、最近、目覚めた天才ピアニスト。彼女が参加するコンテストの後、殺すという依頼。
 ひょんなことから、彼女と出会ってしまい。助けたことから接点ができてしまい。本来は業務内容にない匿名の依頼者探しまでしてしまうが、これがラストまでわからない。
 彼女の父親が事故で死に、彼女は生命を狙われることになる。
 彼女の心臓移植の為、数億の金が必要になり、ヤクザに頼った。彼女の父親は薬の研究者で純度の高いT5という麻薬を作って借金を返していた。ヤクザたちは、突然、事故死した父親が麻薬のレシピを残していないかと調べていた。
 そのヤクザは、暗殺者の黒姫という危険な女を彼女の監視につけた。高校生の女の子(加害者の娘)が父親を亡くし困っていた彼女の手伝いに来ている。
 そこに、チャイニーズマフィアが加わり、誘拐事件になり、どんどん話しは派手に動いていく。豪華客船で、暗殺者の与一と医者の後藤がライオンと戦うシーンは緊迫感があった。周囲には観客がおり見世物になっていて、全員が何秒で二人が殺されるかにかけている。
 これはどこかで見たことがあるようなシーンだ。映画とかで、似たような光景が出ていたような気がする。ライオンを倒し、彼女を取り返しかけるがヘリで逃げられる。これもありがちなシーンだ。
 そして、チャイニーズマフィアとの直接対決。そこにヤクザが横入りしてきて、三つ巴の戦いになり、さらに、絶体絶命の危機を謎のスナイパーの出現によって助けられる。
 それで人質救出、お父さんも本当は生きていたとわかるが、与一に彼女の暗殺依頼した人間がわからない。
 与一は、だから、依頼を遂行しようとして、彼女が出るコンクール会場の外で狙撃体制に、そこに、依頼人がやってきて、真意がわかるという。
 映画の「レオン」と占い刑事なんたらと、色んなものをMIXしたような。それでいて、良く出来た構成で、読んだ人が高評価をあげていたのが頷ける。先の読めない話しになっていて、満足しました。
 ただ、かなりご都合主義に展開していくので「それはないだろ」と突っ込みをいれたくなります。
 ですが、ラノベで、このクオリティなら満足です。

ページ数:288
読書時間 7時間
読了日 3/11


暗殺日和はタロットで [ 古川 春秋 ]
暗殺日和はタロットで [ 古川 春秋 ]

フェルメールは、ただ、世界をあるがままに記述しようとしている。できるだけ正確に。

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※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。


 昔、よく美術館に行きました。
 最近は、一緒に行く人がいないので、残念ながら行けません。ああいう所は、男が一人で行く所ではない気がするからです。

 フェルメールと言えば、「真珠の耳飾りの少女」。スカーレット・ヨハンソンの映画を見て、あの振り返った眼差しの潤みというか震えは愛ゆえなのかと思っていたら・・・。

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 どうも、この本によると、モデルはフェルメールの長女のようでして、あの原作の小説は創作のようです。
 彼女が見ていたのは、同じギャラリーの対面に飾ってある「デルフト眺望」という絵。
 つまり、街の景色。彼らの街のデルフトでは、大惨事が起こっていまして、たくさんの死者が出たようです。フェルメールの描いた「デルフト眺望」は、復興した希望溢れる街を描いたもの。少女は、その街を見ていたというのが作者の福岡先生の解釈。
 
 フェルメールの作品は、写真のようにきめ細やかに描写されているのが特徴なのですが、彼と同時代、同じオランダの街に、レーウェンフックという人がいました。
 この人は、手製の顕微鏡。この当時で300倍というのですからすごいことです。そんなすごい顕微鏡を作り、水中の微生物やら、血球やら、精子の存在を次々と突き止めたのです。
 フェルメールは、このレーウェンフックの影響を受けて、まるで電子機器のように精密な遠近法や光と影などを再現したということでしょうか。
 たいていの画家って「世界はこうなっている」って絵で表現しようとしているじゃないですか、ピカソの「ゲルニカ」の反戦思想みたいに、でも、フェルメールには、そんなのはなくて、福岡先生に言わせると「スナップショットのように・・・、世界を公平に切り取った」となるのです。つまり、芸術家というよりも、科学者に近いというのです。
 
 フェルメールが、正確な描写を心掛けていたのは有名で、その中で描かれている地図や小物は本物だった。それは、すでに知られていることなのですが、福岡先生のフェルメールオタクぶりは、そこでとどまらない。
稽古の中断という絵があるのですが、この中に楽譜が出てきます。

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 精密に描いているなら、この楽譜もそのはずだと思った先生は、その部分の画像を処理修正し拡大した。もちろん、ぼやけた変なオタマジャクシのシミみたいなものしかわかりません。そこから、ある記号にたどり着き、バッハの時代の古い音楽の専門家たちに意見を聞き、さらに、音符を解析し、これが実際のその時代の音符だと実証したという、呆れるほどの執念。さすが理系です。
 フェルメールオタクの先生は、全部の作品を時系列に見たい。当時の色に復元したいと思います。
 フェルメールの絵は、高価で1つ1つがバラバラに所有されていて、作品数は少ないのですが、一堂に会するというのは無理なのです。
 そこでやったのがリ・クリエイト。つまり、復興というのかな。デジタル技術をつかってやっちまいました。その全作品をこの本の中で紹介しております。それだけでも読む価値はあるし、作品の解説などで、窓に反射する光がどうたら・・・という説明も絵を実際に見て読むことができますので、とてもわかりやすく「なるほど、なるほど・・・」と納得できます。
 
 フェルメールには、贋作が多く。そういう話しも、いくつか紹介されていて面白いです。エマオの食事のエピソードとか、なかなか興味深いものでした。
 例えば、最晩年の作品である「ヴァージナルの前に座る若い女」の真贋を解き明かす話しなどおもしろかった。決め手となったのは布地。ルーブル美術館にあったフェルメールの作品のキャンパスとびたりと一致したのだそうです。
 この本を読めば、福岡先生のフェルメール愛が理解でき、たくさんのフェルメールの知識が身につき、生物学の話しまでわかるという、なかなかの優れものでした。
 期待していた以上に面白かったです。


ページ数:264
読書時間 5時間
読了日 3/9

フェルメール 隠された次元 (翼の王国books) [ 福岡伸一 ]
フェルメール 隠された次元 (翼の王国books) [ 福岡伸一 ]



 500ページ強という長編なのに、あっと言う間に通り過ぎて行ったような感覚。日本推理作家協会賞受賞作品。江戸時代をベースにしたファンタジー。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。


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 金色機械とは、何なのか?。
「ピコッ」「パコッ」と音を出し緑色に光る。まるで、スターウォーズのC3PO。
 死んだ人間の声色を使い。戦闘マシーンのように戦いまくる。
 月から来たという説明だが、それも定かではない。
 主人への忠実さは中堅ゼネコン社員ならぬ、忠犬ハチ公。
 熊五郎という遊郭の主は、相手の敵意や殺意を読み取ることができる能力者。元鬼屋敷の仲間であった。
 遥香は、訳ありの女。手をかざすだけで相手を殺すことができた。
 この三者が絡み合い、ミステリーのように、時間系列バラバラに物語は進行し、パズルのように全景が浮かび上がってくるという不思議な話しだ。
 このミステリーの部分で、日本推理作家協会賞受賞ってことなんだろうけど、異議ありですね。これはミステリーじゃなく、へんてこファンタジー冒険小説だよ。
 話しは半端なくおもしろい。
 山田風太郎さんの忍法帖シリーズみたいに、次が気になる展開になっていて、きちんと読者をその場所に誘ってくれます。ただし、男性向け。
 キーワードは、戦国時代から山の奥に存在する。月の人の末裔?。鬼屋敷の奴らです。
 こいつらは江戸時代になっても、法の外にいる存在で人殺しや女を誘拐したり酷い奴らです。だけど、最初の熊五郎目線の時は、すごく魅力的な連中に見えるんです。視線を変えるごとに、印象操作を微妙におこなっている。
 鬼屋敷に、連れてこられた中に、熊五郎と紅葉という少女がいた。
 紅葉は、ある吹雪の日に脱走し、猟師に助けられるのだが、そいつが手をかざすだけで人を殺せる特殊能力の家系の人。
 火山の噴火で、村が貧窮し彼らは、河原で暮らすことに、そこで起こった虐殺事件で遥香の両親は殺される。母親が、この紅葉です。だから、遥香には変な能力がある。
 その前に、鬼屋敷の頭が殺されるという事件が発生。その犯人の一人が遥香の父親の猟師。
 両親を殺したのは誰か。鬼屋敷の頭たちを殺したのは誰か。
 ここがミステリーの部分。
 そして、最後は金色機械を従えて犯人の復讐だーーって、簡単に話すとこういう感じです。
 色んな要素がごちゃまぜで、時系列がバラバラにくるので、頭の中で交通整理が必要ですが、ミステリーとしては単純です。
 この物語の魅力は、窮地に陥った時の人間の動き方です。その人、その人の特徴がよく表現されていて、とても魅力的です。
 とにかく、おもしろくて、平日なのに3日で読んでしまいました。かなりの寝不足状態です。
 恒川光太郎おそるべし。デビュー作品の「夜市」もおすすめです。

ページ数:486
読書時間 10時間
読了日 3/8


金色機械 (文春文庫) [ 恒川 光太郎 ]
金色機械 (文春文庫) [ 恒川 光太郎 ]
夜市 (角川ホラー文庫) [ 恒川 光太郎 ]
夜市 (角川ホラー文庫) [ 恒川 光太郎 ]

1992年から、電子書籍事業に従事していたパイオニアの語る電子書籍の歴史と、これからの可能性について。

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※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

 2年ほど前から、僕も専用のタブレットを購入し電子書籍を読んでいます。
 先日も、ある映画の原作の漫画を本屋さんで「在庫がありません」と言われ、電子書籍でネットで購入しました。ちなみに、1000円。紙の本なら、送料無料で1080円。
本のタイトルは「母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った」です。
 あえて値段を出したのは、もっと安いように思える電子書籍の値段なのですが、この程度だということを知って貰いたかったからです。
 これは、紙の本のコピーとして出版社が電子書籍を考えているからだと作者は言います。
 なるほど、安くし過ぎると紙の本の売り上げに影響が出るということなのかな。
 
 本書を読んでいると、初期の電子書籍の様子から、今に至るまでがよくわかります。
 最初は、CD-ROMという形式だったようです。
 今のように読み取り用のタブレットがなかった。
 このデバイスの問題がありました。
 本を流通させる電子書店も少なかった。
 機器に対応したコンテンツ。つまり、商品も少なかった。

 そんな中、荻野さんのパートナーのボブ・スタインは、インターネットと本の融合、その可能性を確信していた。
 それまでは、本は個人が楽しむ嗜好物でしたが、ネット社会になり、本を媒介として読者がリンクするようになったのです。それをネットの初期に気づいたのが、ボブ・スタインでした。
 電子書籍には可能性があるとも言っています。

 だが、先ほども述べましたが、日本の電子書籍は、紙の本と一緒です。
 その現状に荻野さんは不満です。
 彼の出版した本を1つ紹介します。
 「小津安二郎の美学ー映画の中の日本」
 この本は、本文の記述に合わせて、映画の相当シーンをリンクさせています。
P218このように見ていくと、小津映画の典型的なラストシーンはシークエンスを見ていくと、代表作の終わりは意図的にあるパターンを持っていた。となります。
 これは、もう、本と映画の融合です。
 他にも荻野さんは、片岡義男の作品の全作品を出版しました。
 公開された100作品を無制限に読める。記念のTシャツ。1口1万円。さらに、特典として、新作小説のメイキングを描いた読み物を読めるという、今までの本1冊こどに売るというやり方を変えようとしました。

 電子書籍にすれば、写真も動画も音楽もリンクさせられる。可能性は無限に広がる。ネットを介して、読者と読者も結び付けられると主張しています。表現形式が劇的に変化するのです。
 だが、出版社は海賊版を恐れて、本文のコピーをできないようにしたり、規制の方向にベクトルを傾けていると嘆いています。

 最後に、ライザ・デイリーの言葉でしめようと思います。
「出版とは人が求める情報を説得的かつ魅力的に提供することです」
 それ以外にはないということです。



ページ数:301
読書時間 6時間
読了日3/5
 

 ネタばれ注意

 次の芥川賞候補になってもおかしくないほどのクオリティの高さだった。
 これはすごい。
 ギャンブル狂いの父親に育てられ、母親が泣かされている所をいっぱい見てきた主人公の私。 
 彼女もまた、ギャンブル依存症の大工と結婚し子供ができるが、ろくでもない男であった。
 性行為を拒絶した。無理やりしても気持ちよくない。そんな風な理由で、夫は彼女から遠ざかっていく。離婚。
 彼女は、子供をほっぽりだし好き勝手にフリーター生活。気まぐれに、彼女の母親に育てられている息子の世話に行く。
 離婚した夫とも、息子を連れて逢うし、男とも同棲したり、バイト先のコンビニのマネージャーに片思いしたり、バイト仲間の役者の卵と付き合ったりと、かなり自由奔放だ。
 しだいに、物語の薄皮ははがれていく。
 育児ノイローゼになっていた時、少しだけパチンコをしよう。息抜きをしようと、息子を車の中に放置し、熱中症で殺しかけた過去。

 私は口をひらいた。
 息子を、殺しかけました。子育てから逃げ出したくて、パチンコ屋を見つけて、ふらふらはいっちゃったのです。1万円しかもってなくて、1時間もいないつもりでした。それが当たっちゃって。三時間近く。夏の車の中で、一歳になったばかりの息子をほおっておきました。


 その後、離婚し子供は祖母である母親と暮らしているという事情が浮き上がってくる。
 彼女は、ギャンブル依存症の集会にずっと出ていた。バイトも始め、大学生の恋人もできた。
 その頃、次の依存症回復のステップとして、指導係の元依存症の遠藤という女性を紹介される。だが、彼女は、この女性を徹底的に傷つけ、残酷に踏みつけ粉々にしてしまう。
 子供のように他者に機関銃の弾丸を撃ちまくっていた。
 そんな時、子供ができる。恋人は、役者を辞めて就職する。いくら働いても貧乏。絶望し、中絶しようかと考え、息子にも逢わない。
 だが、勝手に引っ越して姿を消した彼女を息子と祖母が探し出して・・・。
 このシーンはいい。どんな母親でも子供にとっては大切な存在なんだ。

 母親も人間だ。楽しく生きたい。子供が嫌いな母親もいる。男と遊んでいたい。そういうのもわかる。そういう若い母親の葛藤を描いた作品なんだろうなと思う。
 男にだらしないところ、子供に対する冷たさ。世の中に背を向けているような態度。
 それが逆に、若い母親の生きづらさを浮き彫りにしていた。

読了日3/3
 

 これは優しい童話です。いしいワールド全開。何にでもトリツカレる特異体質の男が、美少女にトリツカレる。つまり、恋ですわ。読後感もいいし、こういうの大好きだ。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

 
 
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 三段跳びに取りつかれて、世界記録を出すって、無理設定なんだけど、大会当日に、興味が別のものに移ってしまい欠席するという、それがトリツカレ男です。
 次は、探偵に取りつかれ全国を飛び回り色んな事件を解決する。
 そんな風に、定期的にトリツカレるものが変化していく。トリツカレるとプロ級になる。
 それがトリツカレ男です。

 妙な特異体質というか、奇妙な世界観。
 そこに、しゃべれるネズミという仲間が登場し、童話的な要素を深めていく。
 かと思うと、動物園の前で風船を売っている美少女にトリツカレる。というか、これは恋だね。
 童話的な展開から、いきなり、ラブストーリーに変化していく。
 彼女の為に一生懸命に頑張る。その姿はけなげです。
 経済的に助け、母親の病気も治したが、まだ、彼女には悩みがある。
 婚約者がいた。それも先生。
 でも、この先生は死んでいた。
 これは無理だろうと思っていたら・・・。
 トリツカレ男は、逆に、このホッケーのコーチの先生に乗り移られます。真冬に、彼女に逢いに行く。先生のふりして・・・、最初はふりだけど、顔も体形も、だんだん先生になっていきます。
 おい、おい、おい、それはやりすぎだろうという妙な展開に。

 最後は、彼女に救われて、すべての事情が明るみに出て、お決まりのハッピーエンドという、まさしく童話的な展開として結実するのですが、このストーリーのぶっ飛び具合は、もう、何と言いますか、いしいワールドとしか表現できません。
 気がつくと終わっていまして、本当のところ、もっと、読んでいたかった。
 おもしろかったです。

ページ数:160
読書時間 2時間半
読了日 3/2


【店内全品5倍】トリツカレ男/いしいしんじ【3000円以上送料無料】
【店内全品5倍】トリツカレ男/いしいしんじ【3000円以上送料無料】

 作家の妻が、木になる。そして、その木は森になり増殖していく。なんて物語だ!。


 妻との性生活を赤裸々につづった純文学小説で賞を獲得した小説家埜渡。
 その妻が発芽した。
 水槽に入っていた。木になっている。それは、だんだん増殖し、森になっていく。10畳の二階の寝室が迷宮となっていく。
 編集者は、その木に「外に行きたい」と言われ、種を地続きの奥の土地に埋める。
 そのうち、二階と外の庭は森で繋がっていく。
 それは街中の至る所に繁殖していく。
 編集者は仕事人間、専業主婦の妻と子供がいる。妻の愚痴をスルーしていると、突然、実家に帰ってしまう。
 小説家には浮気相手の主婦がいた。彼女は、お人形さん。みんなに好かれている。作家とのラブホテルでの逢瀬で別人格となり変態的な性交を重ねている時だけ人になる。普段は、孫しか眼中にない義母や、自分に全く関心のない夫と暮らしている。
 新しい編集者の女は、夫と暮らしている。彼は、彼女より年収が100万多い。口を開けば愚痴ばかり。何が楽しくて生きているのやら。何かあると、威圧的。男だからと男性を誇示してくる。
 視点転移が激しい。これはフラッシュバックのように、色んな風景を浮かび上がらせる。
 最後は、迷宮のような森に入り込み、過去と現在をいったりきたり。
 そこで見えてくるのは、作家の妻を顧みない姿。
 妻の孤独。
 
 女が放つ「どうして」からは、お前自身を解剖し、醜い部分を切除しろ、という野蛮な気配を感じることがある。正しさだけで人間を構成していると信じているような、無意識の傲慢が漂っている。
 最後には、面倒になって、書斎にこもるのが常だった。廊下や別の部屋から聞こえてくる泣き声には本当に辟易したものだ。

 それは小説に書かれるか書かれないか、働きに出るか出ないか、子供がいるかいないかよりもずっと深刻なことなのに、徹也(小説家)は永遠にそれを認識しない。自分たちの関係性において、語る力を持つのは徹也の方だからで、だから徹也が認識しない問題はそれがどれだけ重大でも存在しないことになる。
行き止まりだ。
やっぱりだめだ。だめなんだ。
・・・・・でも、出来ない。出来ないのに諦めきれない。こんなおかしな場所で生きていたくない。どこかに出たい。どこかに出たい 

 そして、彼女は木になった。森になった。それは街中に広まった。
 この増殖。妻が木になるという比喩は、いったい何を表現しているのか。
 これは男女の性差別。つまり、おかれている地位のことだ。
 小説家の妻は、自分の性生活を小説にされ、口答えをしたら殴られ、執筆に邪魔だと働きに出された。子供が欲しいと言っていたのに、急にいらない。自分の存在など眼中にない。
 だが、愛している。彼だけを愛している。だから、木になった。森になった。彼の傍にいたかった。でも、妻として、女としての形状は、もう我慢できない。
 これは、そういう物語だった。


 
読書時間 3時間
読了日 3/1










「みそ、みそ、みそ、手前みそ。うちでつくろう、うちの味。おみそ、みそ、みそ、手前みそ・・・。」 つまり、発酵の話しです。それを文化人類学でアプローチしています。面白かったです。


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※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。



 発酵食品と言えば、味噌、醤油、酒、ワイン、ビール・・・。
 たくさんあります。
 例えばビール、このように作者は言っています。

 これはつまり、酵素のおなら(炭酸ガス)とおしっこ(エタノール)を飲んで喜んでいる・・・。

 発酵とは、アバウトに言うと、米とか麦とか大豆とかを
 カビとか菌が食って、それで生み出した。うんこみたいなものです。
 と、この本には書いてあります。

 本の内容は、発酵の話しを文化人類学的なアプローチで語ろうってことでした。
 「・・・であるよ」という語り口調が、読み終えた後も余韻として残っている。
 これで発酵のことが、すべて理解できるというほどの専門書じゃなく、初心者向け。
 語り口調も事例もわかりやすく、どんどん入ってくるのがわかった。
 話しは色んな方向に飛ぶので、結局、この本は何なのだという思いもあるのだが、色んな知識、自分とは違う発想に触れることができ、僕はとてもごきげんになりました。
 
 どういう風に文化人類学と発酵学をコラボしているのかというと、例えば、中国の酒と日本の酒の比較とかです。
 中国も日本もカビの文化圏だが、使っているカビの種類が違う。
 中国の紹興酒を飲む人ならわかりますが、あれは熟成するほど美味になり、何年物。何十年物というほど価値が出てくる。それは使われているカビが、たいていの環境にも耐えられるようなものだからです。
 それに対して日本の酒は、ナーバスです。仕込む時期も、温度も決まり事が多い。ちょっとしたことで味が変化する。なるべく早くに飲むのがおいしい。
 それはお茶でもそうです。中国のお茶は、熟成させて発酵させるものが多いのです。何年物とか、そういうのが価値があるが、日本のは、すぐに飲みます。それが美味い。
 日本と中国では、思考や捉え方の期間も違います。中国は計画的に、遠くを見て時間をかけてやってきます。それに対して、日本は目先のことばかりにとらわれる。
 それは食文化。カビの違い。文化の違いだと作者は言っています。
 食文化(カビ)の違いは、思考回路にも影響してくるということです。
 
 発酵人類学とは何か?。
 発酵を通して、人類の謎をひも解くことだそうです。


 今は、冷蔵庫とかありますが、昔は、そんなものはなかったわけで
 発酵させることで長期保存をはかったということのようです
 そしたら、いがいと美味となった
 酒が産まれた。味噌が産まれた、ワインが産まれたということみたい。

 酒は、米から作るわけですが
 その初出は、かなり古い
 神話に出てくる、やまたのおろちの話しがあるでしょ。
 あんな時代から、酒はあったということみたいです。
 発酵食品の歴史はいがいと古いのです。

 碁石茶などの具体的な発酵食品の紹介をしたり、実際の発酵食品の仕事に従事している人、手前みそ(自分たちで味噌を作る)活動を紹介したり、色んな角度で発酵にアプローチしていきます。

 マリノフスキーのトロブリアント諸島の事例(クラ)とか、レヴィ・ストロースの主張などを引用し、発酵を秩序立てていきます。

 発酵とは、糖分を食べて、乳酸とエネルギーに分解することなんですよ。

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ヨーグルトは、菌のゴミを人間が引き取ってリサイクルしている。

微生物にとっての「ゴミ」が人間にとっての「宝物」となる。

はい、ここ注目、これが発酵の要諦ですよ。

人間と微生物という異なる生物が、地球における物質循環という巨大なマーケットで、「取引」をする。人間は乳酸菌の為に牛乳のプールを用意する。乳酸菌は、そこで乳酸を生産する。その結果が「ヨーグルト」という発酵食品として結実する。


 発酵とは、微生物からの贈り物だけど、微生物は、贈り物とは思っていない。それが、マリノフスキーの「クラ」に似ているという話しです。
「クラ」というのは、太平洋に浮かぶ島々での、贈与の習慣です。それによって関係を円滑にして、平和が保たれるというシステムです。
 部族間の間での良好な関係を、人間と微生物に置き換えたのかな。
 とにかく、発酵は人間の生活をより豊かにした。
 これは素晴らしいというのが、作者の言いたかったことだと思います。
 とてもおもしろい本でした。
 この方の他の作品も探してきて読みたいと思いました。



 ページ数:384
 読書時間 7時間
 読了日 2/28


発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ [ 小倉ヒラク ]
発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ [ 小倉ヒラク ]


 あやかしの出てくる、漫画風のミステリーものと思いきや、なかなかの読み応えあり。読後感はかなり良い。

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※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

 陰陽師の末裔で、あやかしの姿が見えるという高校生が、学校のトイレに住む絶世の美女のあやかしとコンビを組み、あやかし関連の事件の真相に迫るミステリー。
 夢枕獏の陰陽師のようなアクションシーンはなく。ただの謎解きミステリーです。
 5つの短編からなっており、1つ1つが丁寧に作られていて、ライトノベルという範疇でとらえると少し違う感じがします。人がよく描かれており、じわっと心に沁み込んでくるような少し良い話し。

 第一話は、プランターの花に、鬼のように水をやったり、花を切り裂く生徒の話し。その花は、切り刻まれたのに復活する。どうして、そんなことをするのか?。何故、花は復活するのか?。最後に、謎がわかった時、ある人物の印象が180度変化する。
 
 2つ目の話しは、学校の裏庭にある古木の前にたたずんでいる若い女性のあやかしの話し。
 そこの元生徒で、定年が近い老古典教師をじっと見つめている。
 逢魔が時に一瞬、先生に姿が見えた。知っている人だという。生徒や教師を調べる。そして、教育実習の時に、思いを寄せていた古典の女の先生だと判明。二人は、いつの日か、結ばれようと約束をしていたが、彼が教師として赴任する前に、彼女は体調を崩し教師を辞めていた。
 正体が判明した瞬間、姿が明確になり、言葉を発する。
「あらざらむ この世の他の思い出に 今ひとたびの逢うこともがな」
 百人一首である。
 これは古典教師の共通言語。
 老教師は涙する。
 このあやかしは、隠世鳥という名のあやかしである。
 生者の最後の思いを届けるメッセンジャーらしい
 この句の意味は
「私の生命は、もう長くありません。だから、あの世への思い出に、せめて、もう一度、あなたに逢いたいのです・・・」
 このラストが良かった。まるで、除夜の鐘の音色のような余韻が残像として残る。そういう短編だった。
 3話目は、老陰陽師(祖父)とあやかしの子供時代の交流と別れた理由。この真相は胸が熱くなる。
 4話目は、子供のころからずっと、ある女の子を見守り続けていた祇園さんという守護あやかしと少女の別れ。これもいい。
 5話目は、トイレのあやかしの正体。これも歴史の史実をからめて、よくできているが、少し強引すぎる。

 優しくて、心温まる。あやかしと人間の心の交流を描いたもので、設定はウケを狙って変だが、話しはかなりオーソドックスな良い話しだった。
 続きが出たら読みたいと思いました。

ページ数:288
読書時間 5時間
読了日 2/26
 

京都九条のあやかし探偵〜花子さんと見習い陰陽師の日常事件簿〜(一二三文庫)【電子書籍】[ 志木謙介 ]
京都九条のあやかし探偵〜花子さんと見習い陰陽師の日常事件簿〜(一二三文庫)【電子書籍】[ 志木謙介 ]

第160回芥川賞受賞作。身体の動きや減量の表現がリアル。まるで、一瞬、三島由紀夫って思った。なるほど納得の芥川賞。青春ボクシング物語。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。


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 町屋さんのデビュー作「青が破れる」もボクシングを描いていた。159回芥川賞候補になっていた「しき」はダンスをやってる高校生の話だった。
 たまたま、僕は、この2作品を読んでいた。「文藝」という純文学雑誌の定期購読をしていたからだ。
 そして、この作品。
 この作品は、くだくだのやる気のないボクサーの話しだった。
 どうも、町屋さんは、身体運動を言語に落とし込もうとしているようだ。
 今回の作品でも、ボクシングのシーンはリアルで、一瞬、三島由紀夫が脳裏を過った。
 芥川賞選考会で審査員奥泉先生も「描写の徹底性が評価されました。ボクサーの日常やトレーニング、減量の方法や戦いに臨む心の動きに至るまで、実に、リアルだった」と述べられています。
 
 この主人公の男は、二流のプロボクサー。才能があるわけでも、人一倍の努力をしているわけでもない。くだくだのクズだ。
 ジムに、エクササイズに来ていた好みの女の子を誘惑し、彼氏のいるのに自分のガールフレンドにするような節操のない自分勝手な男なんだ。
 対戦相手のSNSをチェックしたり、相手に友達のような親近感を抱いたりと、勝負師としての真剣さもない。そんな、特別でない男が、トレーナーに見捨てられ、代わりに先輩のウメキチという選手兼トレーナーが担当になることから、物語は動き出す。
 それまでは、負けを引きずる情けない男だった。
次の相手が決まるまで、この試合の日の記憶と、いまビデオを見ていた真夜中の記憶の中間で生きる。それ以外の人生はない。減量よりなによりも、実際、これが一番きつい

 超ネガティブな男で、いつまでも負けを反芻して生きていた。
 そんな彼に、ウメキチは問う。
お前は勝ちたいのか?。きれいなボクシングにしがみつきたいのか?

この意識もしたことのない劣等感。これが、僕のボクシング人生を頭打ちにしていたと気づかされる。
 それから、僕は、ウメキチの言うことに、こくこくと頷きながら、しばらく、自分の意見を放棄した。彼の言う通りに練習した。
 ウメキチは、生活にまで入り込んでくる。
 翌日、ウメキチは弁当を持ってきた。「朝は、これを食え」
 ぼくは、黙って受け取ったが食うつもりはなかった。
 中身も見ずに自宅付近の公園に捨てる。
 こういう子供っぽい反発を繰り返す。

 ウメキチの特訓で強くなり、少しずつ信頼いき、弁当も食べるようになる。
 ある日、ウメキチから変なことを言われる。
 お持ち帰りした女の子の話しを聞いて、心が乱れたと言うのだ。
おれのボクシング人生を、いったん止めたかった。ビデオのストップボタンみたいにな。それがお前だ

 これがウメキチが、僕のコーチになった理由。
 僕に才能を見出したから。なのに、僕は不真面目にやっている。それに腹をたてたともとれるし、愛の告白ともとれる。とにかく、よくわからない師弟関係が、そこにあり、僕は真剣にボクシングと向き合うようになる。
 試合前の減量のシーン。この言葉が印象に残った。
空腹は心の飢餓だ。からだは痛むだけだけど、たらふく食っているであろう他人を妬み、気をつかわれて、どうしようもなく情けなく、申し訳のない好悪の感情が入り混じって内に内に閉じていく

 ウメキチに対する八つ当たりを反省するシーンだが、最初のころとは別人のようになっている。
 いきなり、試合直前で物語は、ぶち切れる。
 あくまで、試合までの内面を描いた作品なので、この努力の収穫物のカタルシスは、読者にはおあずけなのだ。それだと通俗小説になってしまう。
 このイライラが、ボクシングの試合前のボクサーの内面なのだろう。意地悪なラストだなと思った。

ページ数:140
読書時間 4時間
読了日 2/24

1R1分34秒 [ 町屋 良平 ]
1R1分34秒 [ 町屋 良平 ]


子供が本に目覚めるのは、やはり両親の本棚の中でだった。とても優しい読書の物語でした。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。


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 1年に1階ずつ、ゴキブリが上の階に上がってくると管理人さんは言った。
 ルカは14階に住んでいる小学5年生。
 築14年目、ついに、我が家にゴキブリが現れる。
 うぎゃーーーヾ(´*д*`)ノシ ゚:☆゚
 本棚まで追い込む、脚立に上る。そこで、彼は1冊の本と出合ってしまう。
 そう、これは少年と本の出会いの物語だ。

 彼が、まず、出会ったのは小公女。
 少年の視線で語られる日常と、読書が並列的に展開されていく。
 自分のことを「僕」「俺」「私」と色んな呼び方をするが、どうしてだろう?。
 スーパーマーケットは不思議だな。
 そんな疑問を抱いてみたり。
 学校から家までの距離を、グーグルマップで測定したり
 少年と、その仲間たちは好奇心の塊だった。

 小公女のセーラ・クルーが逆境になった時、想像の力で何とか乗り切るシーンがある。
 空想は、どんな時でもどんな場所でもすることができて便利だけど、それをいっしょに信じてくれる人がいないと、こわれやすいものなんだ。
 と気づく。
 読書についても、自分の考えを持ち始める。
 ナナという友人に対して
物語は2種類しかないのん。おもしろいか、おもしろくないかだけ。新しいか、古いかはあんまり関係ないよ
 僕も、その通りだと思う。激しく同意する。
 ナナの好みは、こうだ。
本は、すかっとするのがいいの?。そりゃそうでしょう
 彼女の好みは冒険ものだった。

 ルカは、母親に絵について質問されるが、うまく答えられない。
言葉じゃない絵の感想を言葉で伝えようとするから難しいんだ
 これもわかる。いくら、評論家が適切な言葉で説明しても、実際に見るのとではかなり違う。

 転校生のカズサは本好きだった。
 彼女との交流により、同じ本について語るという楽しみをルカは知る。
 どんどん、本に夢中になっていく。
「じゃ、本って何歳でも読めるの?」
「内容の難しいのはダメだろうけど・・・、ちょっと難しい本でも興味がわけば読めるよ。筋を追うだけで面白い本もあるからな。読めそうなら、言葉や内容が難しくてもチャレンジしたらいいよ。そういう本は、大きくなってから読み返したら、子供のころには気づかなかった意味がわかってきて、二度おもしろいこともある

 これは子供の会話としてはおかしいが本質をついていて共感した。

 小公女の後、あしながおじさんを読了したルカは
ぼくは、いろんな気持ちを誰かに話したいと思った 
 ここに、ルカは完全なる読書好きとなったのだった。
 同じ本の感想を言い合うのって楽しい。両親の時代の本と、僕たちの時代の本、どんな風に違うのか楽しみだ。(訳者が違う)。

 この物語のラストは、こんな感じである。
ぼくは、本を開かないでじっと見ていた。
この中には、どんな主人公がいるのだろう?。
そうか、本の中って、まだ、知らない世界なんだ、本が、僕をそこへ連れていってくれる。「小公女」なら100年前のイギリス。「あしながおじさん」なら100年前のアメリカ。それって、すごい。
・・・・・、 僕は、 一人で本を読んで一人で考える。
そうか、だから、僕はそうして考えたことを、誰かに話したくなるんだ。カズサと感想を言い合いたい気持ちになるんだ


 そして、彼は、新潮文庫の「赤毛のアン」をそっと開く。
 赤毛のアンは、子供のころ、僕が大好きだった話しでした。
 この本は、本好きを幸せオーラで包み込むような優しい話しです。
 読んでよかった。

ページ数:242
読書時間 4時間
読了日 2/23


ぼくは本を読んでいる。 [ ひこ・田中 ]
ぼくは本を読んでいる。 [ ひこ・田中 ]

ふられた女をストカー。それを研究と称して正当化。最後の最後まで、屁理屈と歪んだ自意識を貫徹させ読者を爆笑の渦に巻き込む不思議物語。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。


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 いきなり、サリンジャーの「ライ麦畑・・・」のパクリから開始する。
 ここで、読者は、この主人公をホールディン少年に重ねてしまうかもしれないが、同じ自意識過剰でも、こちらは、ぶっ飛んでいる。

 主人公の僕には、水尾さんという恋人が一年前にいた。
 今は、その彼女のストーカーをしている。
 いきなり、ヤバい展開となる。小芝居までやり始める確信犯だ。
ただし、自分では、それを研究と称している。悪いと感じていない。
 だが、遠藤という男に、その行為を咎められ「警察に言う」と言われ、ひびり、愛車まなみ号を放置し逃げてしまう。
 ちなみに、この文庫の解説を書いているのは、女優の本上まなみさんだ。
 これは出版社の陰謀に違いない。

 この遠藤は水尾さんとは無関係であったと後に判明する。
 僕と同じストーカーなのである。
 そして、僕を尾行までしている。その事実を告げ、彼に恫喝を加えると、報復として、部屋をテープでグルグルされてしまった。
 その仕返しに「ゴキブリ」を綺麗にラッピングしリボンをつけて、という名前まで付けて遠藤に送る。水尾ではない。嘘は嫌いなので、氷尾とした。彼には、こういう美学がある。
 そして、今度は家に水尾さんからのプレセントが・・・。
 開けると、ぎゃーーー、ゴキブリだーーー。
  即、 殺処分、とんこつで溺死なのであります。
 まぁ、こんな感じの阿呆な物語である。
 失恋した大学生のモヤモヤが、不思議な感覚で語られています。
 夢なのか、現なのか。よくわからない物語です。

 これを、あの独特の畳みかけてくるような森見節で一人称で語りかけられているうちに、気がつくと僕に感情移入してしまうという恐ろしい仕掛け付きである。物語の進行とともに、「ライ麦畑・・・」と同じような切なさや哀愁まで漂ってくるのだから不思議だ。どうして、そんな気持ちになるのかわからないが、気がつくと、そんな風になってしまうんだ。

 クリスマスを謳歌する若者に対する悋気が凄まじい。
「おのれ、キリストの聖なる誕生日にラブホテルにしけこみ・・・」てな具合に怒り心頭。仲間と連れ立って、とんでもない計画を考える。
 江戸時代の末期に流行った「ええじゃないか」をカップルで賑わう京都の中心である四条河原町で展開し騒動まで起こすのだ。街は、パニックとなる。すべて、これは、もてない男のリビード―の爆発衝動だ。つまり、八つ当たり。街中で「ええじゃないか」を踊りまくり、お道化まくり、おもしろいことをしまくる。周囲を巻き込んでいき、「ええじゃないか」のムーブメントを引き起こす。本当に救いようのない阿呆たちなのだ。挙句の果てに自分は間違っていない、この世界がおかしいと言わんばかりに自己正当化。失恋大学生なんて、そんなものなのはわかるが、迷惑な話しである。
 その群衆の中、水尾さんと遠藤が・・・。
 必死になって追いかけるが見失ってしまう。
 このシーンが切ない。悲しい。
 
 思いっきり笑えます。でも、最後は少し切なくなります。結局、彼女が去った理由もわからないし、彼は空回りしているだけなのです。

何かしらの点で、彼らは根本的に間違っている。
そして、まぁ、私も間違っている


 この錯覚こそが、青春と言えよう。
 
ページ数:237
読書時間 5時間
読了日 2/21
 
太陽の塔 (新潮文庫) [ 森見登美彦 ]
太陽の塔 (新潮文庫) [ 森見登美彦 ]



数式のように美しい3人の関係は、美そのものでした。
80分しか記憶が継続しない元数学博士と、家政婦母子の友情と愛を描いた秀作。



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 世界の成り立ちは、数の言葉によって表現できる。
 冒頭で博士は言います。
 これは数学の物語です。
 
 
「君の靴のサイズはいくつかね」と博士は問うた。
いきなりである。
「24です」
「ほぉ、潔い数字だ。4の階乗だ」
階乗数とは?
「1から4までの自然数を全部掛け合わせると24になる」
1X2X3X4=24

 博士にとって数字は、相手と握手をするために差し出す右手であり、同時に自分の身を保護するオーバーだった。
 1時間20分しか記憶が持続しない。それは約20年前に起こした交通事故のせいだった。
 スーツにメモを張り付けて大切なことを保持続けている。
 今は、義姉が彼の金銭面の面倒を見ていた。元恋人らしい。
 主人公の女性は家政婦だ。母子家庭に育つ、本人も母子家庭を営んでいた。息子がいる。

 この物語の中心には数学がある。
 それから、作者の数学に対する愛がある。
 家政婦さんの10歳の息子は、博士に√と名づけられた。頭の形が√だからだ。
 これは三人の優しい愛の物語である。
 その関係性は、数式のように美しく優しい。その優しさは、読み手にスポンジに沁み込む水のように入り込んでくる。その世界と数式の傍にいるだけで夢見心地となる。このまま永遠に、この時間が続いて欲しいというくらい。この三人は素晴らしい。
 
 博士の台詞に、こんなのがある。
「・・・何故、星が美しいのかが、誰も説明できないのと同じように、数学の美を表現するのも困難だね」
 この三人の美しさも言葉では表現できません。とにかく、美しいのです。
 記憶が飛んでいる博士と安心して話せるのは、数学の話しだけでした。
 博士は、阪神ファンで、江夏という古い時代の背番号28の選手が好きだった。
 しかし、この時代の背番号28は別の人だ。それを気づかれないように、√はごまかす。
 家政婦と息子の√は、とにかく博士に優しい。それは、たぶん、彼に父性を求めているからだ。
 博士の方も√には優しい。まるで、自分の子のようにみなしている。
 この感情の三者の流れが、血管のように、この物語全体の末端にまで流れて、この温かさを醸し出しているのだと思う。
 
 僕の好きなシーンがある。それは三人で野球観戦に行くシーンだ。
 博士は初めての野球観戦だが、不安なのか数字の話しばかりしている。
 √が、ジュースが欲しいと頼むと「まだだ・・・」と言う。反発すると、「まだだ・・・」と言う。
「あの売り子だ」と言う。理由を尋ねると、「あの売り子が一番美しいからだ」
 この美にこだわるところは、数学好きの博士らしい。

 数学は美しい。
 この世界も美しい。
 これは、そういう美の物語だと思った。
 もっと、この世界の中にいたかった・・・。
 おすすめです。まだの人はせび・・・。

ページ数 253
読書時間 6時間

第160回芥川賞受賞作品。難し過ぎる、よくわからないという評判の作品。確かに、複雑でとっちらかっていて、読むのに苦労しましたが、それなりの収穫はありました。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

 
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 芥川賞の選考委員の奥泉光さんが、この作品をこう表現している。
「人類が積み重ねてきた営為がもう終わってしまうかもしれないということへの愛惜が滲む作品だ」
 その言葉を聞いた作者の上田さんは、そういう意図で書きましたとインタビューに答えているのを先日読みました。
 上田さんは、ロストジェネレーション世代の人です。違う言い方をすると、ゆとり世代。就職氷河期世代。この世代の人は、将来に対して虚無感を内在している人が多いと、どこかで読んだことがある。幼児期にバブルで、大人になると景気後退。就職難。
 この作品は、救いがなかった。暗くて、不気味で、ネチネチしてて、気分悪かった。

 主人公は、中本さとし。ビットコインの提唱者サトシナカモトと同姓同名。それで仮想通貨の担当課長に抜擢させられる。
 仮想通貨は、実体のない貨幣だ。今の時代の象徴ともいえる。そのビットコインをマイニング(採掘)するのが彼の部署の仕事だ。
 貨幣とは、それが通用する、値打ちがあるという共通認識の元に成立しています。
 存在する、価値があるとみんなで合意すれば、ビットコインは確かに存在することになる。
 それは無から何かを取り出す作業に似ている。
 採掘作業=取引履歴の記録。どれだけの人に、認証されているかで価値が決まるのだ。
 彼には、恋人がいる。バリバリのキャリアウーマンだ。彼女には、堕胎の過去がある。
 この堕胎は、増殖の反対の意味だと思う。仮想通貨は、毎日のように採掘され増殖し続けている。堕胎した彼女をここで登場させた意味は、そのように解釈した。
 そして、もう一人の登場人物二ムロット。荷室さん。主人公の友人だ。
 二ムロットとは、旧約聖書に出てくるバベルの塔を作ろうとした人物の名前である。
 二ムロットは、心を少し病んでいて、小説を書いている。
 だが、賞に落選続きであり、サリンジャーみたいになると思うと思っている。
 サリンジャーは、晩年、自分の書いた作品を発表せず金庫にしまい続けたそうです。
 彼は、中本さんに「ダメな飛行機」のことを書いた文章を定期的に送ってきた。
 この比喩は、人間はダメな飛行機を作り続けた。その努力の結果、今のような素晴らしい飛行機ができたということだと、僕は解釈した。
 この不思議な三人の奏でる三重奏が、この物語だ。これはレクイエム風の絶望的な物語である。
 とにかく、話しがごちゃごちゃで、飛んでいて、物語の中に、物語が入り込んでくる。
 二ムロットの未来小説なんだが、頭の中がパニックになりそうになる。
 例えば、仮想通貨の話しをしている時、こんなセリフがある。
 世の中をすごく悲観的にとらえていると思うんだ。
「それって小説みたいじゃないか。僕たちが、こうして、ちゃんと存在することを担保するために、我々は言葉の並べ替えを続ける。意識や思考もまた、脳を駆け巡る電波信号に過ぎず、通り過ぎてしまえば、それがあったことすら、夢か幻みたいだ・・・」
 
 以下、作品の中から
「どうせもうほとんどの人はこの世界がどうやって運営されているかなんて、知らないし興味だってないんだから。誰かとても頭の良い人が仕組みを作ってくれて、それにのっかっていけばいいんだってのが経験則。それ以上のことを考えるのには1つ1つのパーツが難しくなりすぎている。・・・・」
「個であることをやめた?」「・・・生産性を最大に高めるために、彼らは個をほどき、どろどろと1つに溶けあってしまった。個をほどいてしまえば、1人ひとりのことを顧みずに、全体のことだけを考えればいいからね・・・」
 できることが、どんどん増えていって、やがて、やるべきこともなくなって、僕たちは全能になって世界に溶ける。「すべては取り換え可能であった」という回答を残して・・・。
「それともまさか君、自分が取り換え不能だとでも思っているの?。
 読後感は、あまりよろしくないが、技術の進歩やら、それから取り残されていく人間の運命やら・・・
 中本の恋人は連絡がとれなくなり、自殺予告のような書き置きを残している。
 二ムロットとも連絡がとれない。
 ラストは、中本だけが不毛な仕事を続けているという現実。
 作者の目には、この世界が、このように見えているのかと思うと驚く。
 ホラー小説よりも、こっちのほうが、僕には怖い。

ページ数:115
読書時間 5時間
読了 2/17



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  英語アレルギーの人は、文章の中に長い英文が出てくると飛ばして読むという。
 数字アレルギーの人は、それを記号として意味づけをしないとも言われている。
 この本は、「数に強くなる本」である。数学の本だ。
 6つの授業で構成されている。基本編4つは、基礎知識。実践編2つは、若手のビジネスパーソン向けに書かれたものだ。つまり、対象は、数学にある程度興味と関心があり、実務として数字を扱っているビジネスパーソン若手ということになる。
 
 シロナガスクジラは全長30mらしい。
 この数字を見てピンとくる人は数学好きだ。
 しかし、たいていの人は?顔になる。
 ほとんどの人は、右から左に数字が流れていることになる。
 ビルの1階の高さは3m。つまり、ビル10階がシロナガスクジラだ。
 これなら具体的なイメージがわくだろう。
 かなり大きい。
  東京ドーム何個分という例えも、この具体化の作業の1つです。
 数学好きの見えている世界と、そうでない世界は、こんな感じなのかもしれない。
 
 メートルが日本に入ってきたのは明治の中頃。
 それ以前は、尺などの旧単位が主だった。
 学生に、メートルを普及させようと考えた明治政府は、学校に二宮金次郎の銅像を設置した。
 あの銅像の高さはジャスト1メートル。
 つまり、メートルを体感させたかったのだ。

 小川洋子さんの小説に「博士の愛した数式」という本がある(未読)。
 博士と女性の出会いのシーン。誕生日だかの数字が友愛数だった。
 2つの数が約数の和の過不足を相殺する数
 具体例をあげると、220と284
 220の約数は、1、2,4,5、10,11,20、22,44,55,110足すと284
 284の約数は、1,2,4、71,142足すと220
 実に、おもしろい。この本は、読まにゃならん。
 
「ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド」という音階を発明したのはピタゴラスだ。
 鍛冶屋で、2つのハンマーが打撃音を上げているのを見て、聞いて、実験し
2:1,3:1,4:3の時にいい音になるのを見つけて、実験を繰り返し、これを発明したらしい。
つまり、音階はもともと数学がベースとなっていたのだ。

 黄金比というものがある。美しく見えるサイズの形だ。
ピラミッド、ミロのビーナス、モナリザ、パルテノン神殿などである
 黄金比1:1.618
 これはフィボナッチ数列と関係していて
 アップルのリンゴのマーク、Twitterの鳥のマークの半径は、この数列の数字である。
 数字って、色んな所に関係している。

 このような数学の雑学知識が満載であり、実践編では、割り算の2つの考え方。フェルミ推定と、それをビジネスシーンで、どのように展開していくかまで触れており、とても興味深い内容になっていた。
 数字を、ただの記号としか見られなかった人の「数」に対する認識が、この本を読めば変化するはずです。
 ある程度の数学的な知識を必要とするが、僕には、とてもおもしろい本でした。
 少し時間が経過してから、また、読んでみたい本です。
 数学好きの人は、せび、試してみてください。新しい再発見があるかもしれません。


 
ページ数:243
読書時間 5時間
読了日 2/15

【店内全品5倍】東大→JAXA→人気数学塾塾長が書いた数に強くなる本 人生が変わる授業/永野裕之【3000円以上送料無料】
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 車で逃げる犯人をママチャリで追走する千葉さん。死神シリーズのラストは、果たして、これでいいのか。いいのです。


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 死神シリーズの続編、今回は長編です。
 娘を殺されて復讐を目論む作家夫婦。相手はサイコパス。
 この本城という男が悪魔のように残酷でずる賢く、間抜けな作家夫婦よりも1枚も2枚も上手。
 たぶん、死神の千葉さんがいなかったら、簡単に手玉に取られていたことでしょう。
 だから、これは、死神とサイコパスの代理戦争に図らずもなってしまったところがあり、ラスト近くのママチャリで犯人を追撃するシーンは、ライトノベルのような軽さ。そして、あのラスト。ありと言えばあり、千葉さんらしいのですが、読者はため息をつくしかありません。

 相変わらず、雨が降り、音楽が好きで、天然ボケです。今回は、やたらと江戸時代にこだわっていました。千葉さんは渋滞が嫌いなのですが、このルーツが判明。それは参勤交代での苦い体験があったからだそうです。
 犯人への復讐がメインなのですが、その陰気な雰囲気を千葉さんの天然ボケで明るくします。
 「武家諸法度を最初、帽子と間違えなかったか?」 武家しょHAT P55

  名言も出てきます。
 P95。パスカルの言葉を引用して「人間はいつか死ね」「人間は、死と不幸と無知とを癒すことができなかったので、幸福になるために、それらのことについて考えないことにした」
 「幸せになるためには、死について考えちゃいけないんです」

 P180「強い種類の生き物が生き残っていく・・・」「自然淘汰か?」「何で利己的な人間ばかりにならないんだろうね」

 P184「銃を持つと、他人を撃つよりも自分を撃つことになる」

P232  渡辺一夫の本に・・・「人間は、その日を摘むこと。日々を楽しむことしかできないんだ。というよりも、それしかないんだよ。なぜなら、人間はいつか死ぬからだ・・・」
P262「その日を摘め」「どうせ、死ぬのだから、この瞬間を楽しめ」

P311「人間って、他人のことを気にしたり助けたりするけど、そのせいで、他人のことを妬んだり、憎んだりする」「動物は、・・・他の仲間のことは、そんなに気にしない・・・、自分のことだけ、しかも今だけ」「時間の概念がないからですね」
P324「動物は、今の自分にしか興味がないと言っただろ」「人間は、先々のことを考えて協力し合う・・・」「・・・人間には時間の概念がある」「ようするに、死ぬことを知っている」「助け合うのも残酷になれるのも、そのせい・・・」「人間は動物の中で唯一、死を知る存在である」

 死神の千葉さんは、冗談もまじえつつ、復讐を考えている夫婦に、死というもの、人間というものが何かを問いかけます。
 その考えは、断片的であり、まとまりはないのですが、全体を通して見えてくるのは、漠然としたある方向性のように思えます。
 死神の千葉さんは、一週間、対象者に密着し、その人が死んでよい人間かどうかの審判を下すのです。それが彼の仕事です。
 サイコパスの本城に復讐を遂げた山野辺遼のあの最後は、このたくさんの言葉が伏線となっているとしか思えません。千葉さんは、たぶん、無意識に「不可」としたかった。だから、こんなことを言い続けたのだと思います。
 ただのエンタメ小説でなく、深い内容でした。満足しました。
 
ページ数:538
読書時間 12時間

いしいしんじの才能と、狂気が、この物語には封印されていた。この深淵を覗いたものは、深淵の方からも覗き返して来る。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

 

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 これは童話だろうか、それとも昔話であろうか?。
 正直に言うと、ゾッとした。中には、下手なホラーよりも怖い作品があった。
 学生時代、海の家でバイトをしていたことがある。
 その時、水死体が発見されたことがある。その時から、水と死は隣り合わせような感覚を抱いている。だから、水が出てくると僕は過剰反応してしまう。
 本作は、短編集だ。水と関わっている物語が多かった。
表題作、海と山のピアノなど。

 一番目の作品「ふるさと」の冒頭は、こうだ。
 わたしのふるさとは、ひとつところに落ち着いたことがない。二年に一度は村ぐるみでの「村うつり」がある。 P8
 解説に、こうある。
 鳥の声に導かれて移動を繰り返し、異国、さらに異界とすら繋がる故郷。
 現代社会において、この物語は成立しない。だが、昔話には、この手の話しがある。
 これは僕の推測だが、焼畑農業が関係しているように思える。昔、外国の痩せた土地では、場所を移動し畑を営んでいた時期があったと言われている。もちろん、初期農業の時代です。その原初の記憶が昔話として残ったのかもしれない。そこに、異界という概念をぶちこんだのかもしれない。
 表題作「海と山のピアノ」は、これは昔話が原型としか思えない。
 ある日、海岸にグランドピアノが漂流。その中に、女の子がいた。この子は、村で引き取られた。海女のおばあさんと暮らすことになる。ラスト、海に異変が起こる。異界から来た少女が救うという話し。
 津波のある離島などで伝承されている昔話に、海が赤く染まったら村人が死ぬという津波神話のような話しがあるが、あれと何となく似ている。東日本の震災の後、テレビでやっていた石碑を思い出した。「この下に住むべからず」。その下まで津波はやってきた。
 津波の悲劇は、最初、みんなの心に刻まれるが、100年200年と経過すると、教訓は白骨化し、骨格のみ残り昔話となることがあるという。
 9つの物語の中で、一番好きなのは「川の棺」という話しなのだが、これはアフリカのガーナの話しだ。人間サイズの飛行機や車のオブジェを街中で見かける。それは棺らしい。田舎町に「川の棺」という珍しい棺の習慣があるというので主人公たちは、そこに向かう。
 彼らは「やどりの家」という外と内のちょうど真ん中の場所で、服とかを裏返しにさせられて待機させられる。そして、葬儀に参加する。内部に川が流れ、魚が泳ぐ棺だ。そして、その死んだ爺さんが、彼らの仲間の靴を奪っていく。つまり、向こう側(異界)と繋がる話しだ。
 明らかに、いしいさんは、異界を意識している。あちらの世界のことだ。根底に、民俗学の知識があるように思えてならない。
 この物語群は、よく練り込まれている。発想が斬新だ。
 いくつかの物語には、明確な死臭が漂っている。異界の場として水(海)が用意されたということだろうか。
 この圧倒的な想像力と、筆力。この世界観は読むに値すると思う。
 いしいしんじという作家は、常習性のあるヤバい薬のような作家だ。
 これは、僕の最大級の誉め言葉である。
 おもしろかった。

ページ数 352
読書時間 10時間
読了日 2/10
 

海と山のピアノ (新潮文庫) [ いしい しんじ ]
海と山のピアノ (新潮文庫) [ いしい しんじ ]

 
 君と私たちは同じ狩り場で出会ってしまった肉食獣みたいなものだよ。
 探偵が悪人。怒濤の後半。これでもか、これでもかというアクション。凄い!。


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 長浦さんと言えば、『リボルバー・リリー』が第19回大藪春彦賞を受賞しました。あれは楽しい小説でした。その長浦さんの新刊が、この作品です。
 タイトルは「マーダーズ」。
 マーダー【murder】とは、殺人、殺人罪、殺人事件のことです。
 つまり、殺人者が複数いるという意味です。
 もし、金田一耕助が連続殺人犯だったら・・・、犬神家の一族は成立するのだろうか?。
 無理ですよね。誰も、そんな奴の推理は参考になんかしません。
 この物語の探偵役は、二人います。
 この二人は、いずれも殺人者です。だから、タイトルは「マーダーズ」。殺人のmurderの複数形。
 一人は女刑事の則本敦子。彼女は、高校生の時に、兄と二人で自分に性的虐待を加えた義父を殺しました。犯人は兄ということで決着済み。だが、そのせいで、夫と離婚。娘の親権も奪われる。優秀な刑事です。
 もう一人、商社マンの清春。彼は、好きだった同級生が子供のころ、悪い奴らに殺されました。その復讐をし連続殺人をしているが、まだ、露見していない。
 この二人を脅し、20年前の自分の母親の殺害と姉の失踪事件の再捜査を依頼したのが、柚木というハーフの女性。

 P345に、清春が選ばれた理由が示されている。
「そう、犯罪者としての臭覚もだが、人を殺める能力も買われていた」
 犯罪者だからこそ、備わっている臭覚と、それから危機管理能力。今までの探偵たちとは少し違う角度で事件にアプローチしていく。これは新しい探偵の形ですが、この作品の中では成功しています。後半、連続して襲いかかってくる敵に対して、清春はこの才能を発揮し撃退していきます。ここが、この作品の魅力です。
 超人のように強く、悪人のように用心深く、ずる賢い。
 裏切り、騙し、駆け引き。女刑事の上司まで出てきて、こいつも酷い男。二人を脅し従わせようとする。
「君と私たちは同じ狩り場で出会ってしまった肉食獣みたいなものだよ」
 この作中の台詞が痺れる。悪人が、悪人たちを味方にして、悪人たちと戦いまくる。
 前半の不可思議な謎めいた展開が、後半になると怒濤ののアクション。また、アクション。
 拉致された柚木を助けに行く清春がいい。かっこいい。
 ミステリーなので、詳しくは語れませんが、遭遇する人間はすべて敵というイメージです。
 ほぼ、全員、悪人。
 なのに、読後感はすっきりです。光速のジェットコースター級の上下左右の揺さぶり、アクションはド迫力だし、まったく展開が読めなかった。
 てっきり、ラストはハッピーエンドで、二人は結ばれると思いきや・・・。
 とにかく、おもしろい。
 世界は、クズと悪人でできている。
 でも、そんなクズでも真実を知りたいんだよという、その情熱。 生き残りゲームでした。


マーダーズ [ 長浦 京 ]
マーダーズ [ 長浦 京 ]

余命わずかな受刑者に、彼は、真っ白な雪を見せてやることはできたのだろうか?。バリー賞など3冠の作者デビュー作。
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免罪で30年も刑務所に入れられていたとして、それを、どのように償えばいいのか?。
 人生の大半が台無しなのだ。
 僕は、この物語を読み、ふと、考え込んでしまった。
 自分が、そんな理不尽な目にあったとしたら、途中で絶望し自死するだろう。
 
 大学生のジョーは、大学の英語の課題で年寄りの話しをインタビューしなくてはならない。
 だが、彼には祖父も、知り合いの老人もいなかった。
 紹介された老人ホームの老人は末期がん。
 彼は、30年前に14歳の少女をレイプし焼き殺した極悪人だった。
 だが、話しを聞いていると「俺は、やっていない」と言う。
 裁判記録を取り寄せて、本格的に調べるジョー
 すると、これは何か変だと思えてくる
 老人は、末期がんだ。時間がない。
「雪が見たい・・・」と老人は言う。
 ジョーは、老人の無実を証明し、彼が見たいという雪を見せてやりたいと思うのだった。
 この時間的な制約が、この物語の魅力の一つなのです。
 老人は日々、衰えてくる。残り数週間の生命だ。
 この白い雪とは、自分の身の上に降りかかった嫌疑を取り除きたい。
 真っ白な・・・という比喩だと思います。
 だから、タイトルは「償いの雪が降りつもる」なのです。

 さて、この作品、ミステリーとしては単純です。
 おもしろいのですが、犯人は消去法でわかります。
 捻りはあるものの、それだって、完全なミスリードだし。
 「やっぱりな・・・」と最後は思うのですが、そんなの関係ないくらい面白い。
 被害者少女の残した暗号の解読。
 この部分は、よくできていた。
 そこから浮かび上がってきた。別の事件。
 ネタばれになるので、ここまでにしますが、後半どんどん面白くなっていきます。
 アクションシーンも秀逸で、ドキドキの展開。ラストまで気が抜けません。
 30年前の事件なので、登場人物の過去が頻繁に出てきます
 老人が、ベトナム戦争に参加した時の英雄的な所業で、ジョーは一気に老人の無実を信じます。
 これが友達からと、本人からの二段攻撃なので、余計に心に沁みてきて
「ぜひ、この人の無実を証明してくれよ」という気持ちにさせられます。上手い演出です。
 そして、ジョーを取り巻く現実の世界も複雑です。
 自分勝手な母。暴力的な母の男。そして、自閉症の18歳の弟。
 ジョーは、大学に通うため、一人暮らしをしております。
 この現実が、真冬の雪のようにジョーの屋根にゆっくりと重さを増してくるのです。
 この息苦しさ。弟が暴力を受けているのに、自分の都合で放置している罪悪感。それも、この物語の魅力でした。
 そして、魅力的な隣人。ライラという女学生の存在。
 過去と現在が、交差し、複雑怪奇な化学反応を引き起こしておりました。
 おもしろかった。特に、後半の犯人とのバトル。ラストの雪の降り積もった場所での人質交換。最後の最後まで目が離せない緊迫感。
 老人の死までに、ジョーは潔白を晴らすことができるのか?。
 いい作品でした。
 

ページ数:402
読書時間 12時間
読了 1/28

償いの雪が降る (創元推理文庫) [ アレン・エスケンス ]
償いの雪が降る (創元推理文庫) [ アレン・エスケンス ]
償いの雪が降る【電子書籍】[ アレン・エスケンス ]
償いの雪が降る【電子書籍】[ アレン・エスケンス ]


 大学生のころ、僕は塾で講師のバイトをしていた。
 二階に控室があり、文系は右側。理系は左側に席が用意されていた。
 僕は、国語を教えていたので右側に。
 一番、右の席にいつも、一人のちっこい女性がいた。
 その人は、京都大学の学生で英語の担当だった。
 いつも独りぼっちで、孤独と結婚でもしているかのようだった。
 誰かが話しかけても「ちわっ」と挨拶を返すだけ、顔も上げない。
 いつも、その端っこの席で、本と睨めっこしていた。
 右斜め45度の角度からの彼女の横顔は綺麗で
 気がつくと、そこに視線がいってた
 何を読んでいるのか気になっていたけど聞ける雰囲気ではない
 彼女の周囲には、見えない壁ができていた。
 文系の連中は、私立大の人間ばかりでつるみ
 態度のでかい京大生が嫌いだった。
 中でも、彼女は、特にお高くとまっていたので、皆に避けられていた。
 理系の連中は、大半が京都大学の学生で、こっちもこっちで群れていた
 彼女は、どうしてか、自分の大学の人たちとは近づきもしないんだ。
 いつも同じ場所で本を読む、授業をして気がつくと消えていた。
 その繰り返しだった。
 そういう人だった。
 1月ごろだと思う。インフルエンザで、社員の国語の講師の人が土日休んだ。
 金曜の夜に、いきなり、「悪いけど、土日の代理頼むわ」と塾長に押し付けられた。
 土曜、行ってみると控室に彼女がいて、すごく嬉しかった。
 クラスは2つ。講師は3人で、授業とテストをやるという形式。 
 つまり、講師が一人待機になる。
 僕が待機の時間、目の前に、彼女の本が。
 何を読んでいるのか、すごく気になった。
 ブックカバーがしてあったが、開けてやった。
 彼女は授業中だ。かまいはしない。


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 これだった。
 村上春樹のでなく、昔の白水社から出ている、こっちだ。
 それもボロボロ。
 例えるなら、公園に忘れてしまい。そのうち、雨が降り、犬が地面に落とし地面を引きずった。
 そういうボロボロ。
 30回くらい読んでるのではないかというボロボロさ。
 線が引いてあった。
 今回、再読し、その文章を見つけました。
 その部分を引用します。

「悲しい別れでも、嫌な別れでも、そんなことはどうだっていいんだ。どこかを去っていくときには、いま自分は去っていくんだってことを、はっきり意識して去りたいんだな。そうでないと、なおさら気分がよくないものだぜ」P10

 ホールディンが退校するのに、みんなが、そのことを無視する。そんな時に出たセリフです。
必死に強がっている、そこが、ちょっと切ない。
 ちなみに、僕は、このセリフが好きです。
 P177「金の野郎め!。いつだって、しまいには、必ずひとを憂鬱にさせやがる」
 こっちは、ホールディンらしさが出ています。

 今回、映画化すると聞き、あえて白水社の方を選び再読しました。
 正直に言います。「これはすごい・・・」と思いました。
 以下、本の感想・・・。

 高校生のホールディンは成績不良で退校となることになった。
 世話になったスペンサー先生に、お別れの挨拶に行きます。
 彼が、欲していたのは共感。何も言わず抱きしめて欲しかった。
 だが、先生は、これが最後だ。何かしてやらねばと説教を始める。
 そして、最後に「幸運を祈るよ」なんてインチキ臭い言葉を吐く。
 この瞬間、僕も彼になったような気分になった。
 何もわかっちゃいない。馬鹿野郎。彼の悪態が、僕の胸にも降臨してきました。
 本当は、そんなことを1ミリも思っていないくせに、大人は平気で嘘をつく。
 だから、彼は怒りという弾丸を機関銃に装てんし、そこら中に撃ちまくる。
 寮に戻ると、同室のイケ面から宿題を頼まれる。デートなんだそうだ。
 相手が悪い。ホールディンの家の隣の女の子。好きだった子。
 それでも、宿題をやってやる。でも、帰ってきたルームメイトは、その女の子をコーチから借りた車で・・・。
 頭にくる。せっかくしてやった宿題にまで文句をつけられる。
 怒り狂い挑みかかるが、逆にやられてしまい鼻血。
 この最低野郎、低能に大事な女の子を奪われ、屈辱まで味わい
 彼は学校を飛び出す

 学校を飛び出す前のシーンと、その後は実は断絶していると思う。
 怒りや矛盾や不安を、壊れた充電器のようなホールディンはため込みます
 それが、放電という形で悪態となり放出しているのです
 それを「大人はわかってくれない」。わかろうともしない。
 まだ、明確な行動倫理とか論理的な思考を持たない高校生のホールディンは、周囲の人間に対して毒を吐きまくるのだが、それは漠然とした不安や苛立ちとか、大人の無理解や大人社会のインチキさに対する反抗なのだと思う。
 その根拠は、妹のフィービーや、博物館でミイラを探していた子供たちや、教会の関係者らしき教師たちには、その毒舌を封じているからです。
 彼が言葉を荒げる時には、そこにインチキや不合理があるからだ。
 これは純粋な子供の大人に対する戦争だと思った。

 だが、この戦争は、しっぺ返しの連続だ。
 孤独な彼は、人恋しさから売春婦を買う。1回5ドルだ。
 やってきたのは、若い女。彼は、ただ、話しがしたいだけだった。Hなことはどうでもよい。
 だから、金だけ渡して何もせず帰らせた。おしゃべりだけ。
 それを大人たちが、どう受け取るかはわからない
 売春婦のバックにいる男は、これはカモだと踏んだ。5ドルではなく10ドルだと言い。部屋まで押し入り、暴力的に金をむしり取る。
 そして、信頼していた前の学校の先生。
 家に泊めて貰うことになるが、夜中に触られる。
 信頼していた人間からの裏切り。
 いつも、彼を傷つけるのは大人や、無神経な奴らだった。
 彼は、いつも誰かを信じたいと思う。繋がりたいと思うが、その気持ちは伝わらない。
 好かれる為の努力もせず、ただ、好かれたいと欲するばかり
 それでは、いつまでたっても堂々巡りにしかならない
 その毒舌は誤解され、嫌われて狂人のように思われる。
 世界中の人間が、まるで敵になったみたいに思えてくる。
 そんな彼のことを、全面的に許容する愛すべき登場人物がいた。
 彼女によって、彼は光明を見出すのだ。それが幼い妹のフィービーだった。
 彼が西部かどこかの田舎に逃げようとしているのを、大きな旅行鞄を抱えて「私も行く」と必死に阻止しようとするかわいい妹。
 誰かに、全面的に許容されたいという思いが、ホールディンにはあったと思う。
 だから、NYの夜の街をさまよって、人とぶつかりボロボロに傷ついた。でも、最後に、妹に体当たりに近い許容を見せられ。世界中の人間が敵になっても自分だけは味方でいるよという意思を示され、彼は踏みとどまったのだと思う。
 もちろん、この小説のモチーフは、大人たちのインチキに対する孤軍奮闘である。大人たちの欺瞞に対しての毒舌戦争だ。そして、もう1つ、人間には理解者が必要であるという裏モチーフも存在していると思うんだ。
 いい作品だった。たまには、名作と呼ばれるものを再読するのも悪くないようです。
 僕の中にも、ホールディンはいるんだと再認識した。

 もう、僕の中の彼女は、10年前にこぼした醤油のシミのように
 どうでもいい存在なのだけど
 孤独に、一人で控室の片隅で
 この大人の中に存在するインチキと、必死になって戦っていたホールディンのあの毒舌
 孤独な闘いの物語を、ボロボロになるまで読んでいた
 そのかつて僕が好きだった、とてもちっちゃな女性を、あの横顔を、この本を読むと思い出さずにはいられないのです。
 これが、僕のサリンジャーの思い出。 
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ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス) [ ジェローム・デーヴィド・サリンジャー ]
ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス) [ ジェローム・デーヴィド・サリンジャー ]

5
きっと、芥川賞をとると前評判が高かった作品。残念ながら候補作で終わったのですが、僕は、とても楽しめましたよ。


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※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。


 去年の10月くらいに、出版社関係者らしい人たち、もしくはプロ書評家あたりの間で、二つの作品が「面白い」とSNS上で評判になっていました。
 一人は、芥川賞を受賞した町屋良平。もう一つが、この本でした。
 ということで、受賞後、即で読んでやろうと、待ち構えてました。が、落選。
 しかしながら、この作品、実際、手に取り読んでみて、「いえ、これすごいよ」と思いました。
 何故、受賞できなかったのかわかりません。
 以下、ネタばれで作品について書きます。

 交換留学生の小翠が、主人公の仕事場に見学にやってきたシーンから始まります。
 たぶん、酒造りです。暑さと酒の匂いに気分が悪くなります。
 この時点で、語り手の主人公は女性のように読者には見えるのですが、すぐに、男だとわかります。母親のすすめで、小翠は、この家に出入りするようになり、やがて、語り手と結婚します。つまり、日本人妻となる。この語り手の性別をミスリードさせ、間違わせる。そこにも、実は、モチーフにつながる仕掛けがありました。
 結婚のあいさつなどで、国に帰った時も、反応は薄く。この外国人妻は、病気の義母の料理の真似をしたり、世話をやいたりと仕事に主婦業に頑張ります。
 小翠の過去のシーンが、唐突に入ってきます。
 子供のころ、学校で遺跡が見つかり、その為に、学校に通えなくなります。夜中に、学校(遺跡)に入り込みました。そこに、不思議な水があった。
 
私たち自身とまったく同じ味だったから、私たちはその味を無いと思ってしまったのかも

 その水をタッタという、この国にだけいる不思議な大きなネズミのような、犬のような猫のような動物が飲んでいたというのです。それも上手そうに・・・。集団で。そして、その水はゼリーのようであり、何か不思議なものだったというのです。
 語り手の夫が、小翠に言います。人間の中には、たくさんの者が住んでいると。
 つまり、微生物のこと。それらの微生物は、人にも、他の動物にも、同じものが住んでいたりしていて、人間は人間であるよりも、もっと、たくさんの微生物で構成されているのだという不思議な話しになっていきます。
 人間とは何か、生物とは何かという根源を問い詰められているよう。
 彼女は、子供のころ、その水を飲んでいました。

 日本人妻となった小翠は、故郷には執着しないのに、はじめて一人暮らしをした街には一度帰りたいと言うのだが、その町はグーグルマップにも出てこない町だった。実際にあるのに、地図上には示されない町。タッタのいる街。そこに執着する。元、自分が居た場所に。
 そして、二人で旅行をするのです。その移転が確定しているゴーストタウンに。タッタがいる街に。
 それは、日本人妻としての孤独な心情を、居た場所への執着で表したのかもしれない。旅行から帰ると、小翠はそこにタッタらしき何かの存在を感じるというラストを見ると、その旅行は、過去との決別。日本人として生きる決意。だから、タッタを日本に連れてきたと深読みもできます。
 もしくは、居た場所。つまり、故郷の遺跡で見つかるミイラとか、人間の中には、無数の微生物がという所とか。そのSF的な部分から見ると、住んでいる場所とか、自分が何人とか、そんなのは関係ない。人間の存在そのもの、それは何か?という問いかけ?。
 そこにタッタという存在と、あの子供の時に飲んでしまった粘液のような不思議な水。
 二重奏のように、ラストに向かって攻め込んできます。
 面白かったです。
 純文学なので難解です。それもかなりです。読み方や解釈によっては駄作にも見えてしまう。でも、きちんと、作品のモチーフに寄り添えば、こんなに楽しい世界はありません。
 いい作品でした。

読書時間 3時間
読了日 1/20
 
居た場所 [ 高山 羽根子 ]
居た場所 [ 高山 羽根子 ]

シリーズ10作目。今回は、短編だけでなく、シュールな中編もあり、ミステリーあり、バトルあり、派手などんでん返しありで、とても楽しめました。

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※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

 キノの旅は、若い男装の女性キノが、しゃべるモトラドのエルメス(単車)と、色んな国に旅をするガリバー旅行記のラノベ版風で、2000年あたりから続いているシリーズです。
 僕が読んだのは10巻ですが、まだ、半分も到達していません。コアなファンが多いシリーズです。
 不思議な国に、3日間だけ滞在するというパターンで、オチが強烈です。
 今回も短編を含めて10話ほどありました。
 2つの話しを軽く触れたいと思います。
 
 以下、ネタばれです・・・

 冒頭の「ペットの国」
 この国は、国民がみんな、ペットを飼っています。
 義務であり、権利です。
 キノは、旅人に「無料で食べ物が貰える国」と聞いてきた。
 しかし、そんなことはなかった。
 出国の時、来訪記念にペットをあげると国の人に言われます
 キノは、鶏を貰いました。その夜、それを頂きました。
「なるほど、評判通りの国である・・・」という話しです。
 ある人には、それはペットでも、ある人たちには食べ物だというブラックな作品です。

 最後の「歌姫のいる国」
 これは160ページほどの中編でした。
 この国には、国民に人気の美声で美しい少女の歌姫がいました。
 治安の悪い国です。
 人質事件が発生。身代金を要求。キノがお金の受け渡しを依頼されます。
 だが、変な要求を受ける。
 犯人もろとも、人質になっている少女も殺せというのです。
 この話しは、歌姫のファンであり、犯人一味の仲間となる少年の視線で語られます。
 3人の仲間は、キノに殺され
 彼は、少女を連れて逃げまくる
 そのやりとりが面白い
 ラストで、どうして少女が生命を狙われたのかが判明する
 歌姫は二人いた
 一人はビジュアル担当で、もう一人は、歌を歌っていた少女
 ビジュアル担当は死に
 誘拐されたのは歌担当
 もう、用済みということ
 芸能界の裏側を見せられているようで嫌な感じです
 でも、ラストで二人を殺したことにして
 キノは彼らを脱出させます
 やはり、キノはいい役だったのかと安心し物語は終了となります。

ページ数 268
読書時間 5時間
読了日 1/18


キノの旅X the Beautiful World【電子書籍】[ 時雨沢 恵一 ]
キノの旅X the Beautiful World【電子書籍】[ 時雨沢 恵一 ]

沖縄の戦後史を、3人の主人公たちの波乱万丈の人生に重ね合わせた珠玉の人生絵巻。直木賞、山田風太郎賞受賞作品。

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※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

 読んでいる途中の本が、直木賞をとったなんて、もちろん、はじめてだ。
 正直、びっくりしている。というのも、僕は、読書中、ずっと、色んなところで「こいつはダメだ」と、この作品にコメントを色々としながら読んでおり、友人にも伝えてしまった。「こいつは、読んではいけないよ」と。「絶対に、直木賞なんかとれるかい」と。
 賞をとったからといって、今さら誉めそやすつもりはありません。できません。裏切者、二枚舌、嘘つき馬鹿とののしられるのは確実です。だから、思った通りに書きます。後半、かなり酷評。

 米軍基地から物資を盗む「戦果アギヤー」のオンちゃんは、米軍基地から盗み出した食料や医薬品を貧しい人たちに配る英雄であった。
 嘉手納基地に潜入した。だが米兵に発見され銃撃を受け仲間と離れる。その混乱で姿を消した。この物語は、その彼を探す話しに、沖縄の戦後史20年と本土返還をかぶせてきた物語だった。
 主人公は3人いる。
 オンちゃんの親友のグスク。沖縄言葉で「城」。彼は、泥棒から一転、警官となり戦後の平和実現に努力する。米国の高級官僚とも通じる親米派。
 弟のレイ。そのままヤクザ、戦果アギヤーを貫き反米姿勢をむき出しに戦う。
 恋人のヤマコは、巨乳で長身美少女で、飲み屋の女から教師に、左翼活動家になる。

 何度も何度も繰り返される
「沖縄はいつまで翻弄されるの」
という言葉が印象に残った。
 モチーフは、自分たち(沖縄の人)を無視し、都合で利用し支配するアメリカに対する批判と、その体制が今も続いていて、それに日本政府が加わっただけで、自分たちは蔑ろにされているという叫びだと思う。
 沖縄の民意を無視。
 アメリカと日本の政府が勝手に、沖縄の方針を決定してきた、その在り方に対する批判ともとれた。 ここのところは、政府と沖縄の知事の対立という形で、今も続いているのではなかろうか。
 沖縄と政府与党の考え方はズレが何なのか少しだけ見えてきた気がした。


 大きな物語の流れは、オンちゃん探しである。そこに、刑事として生きていたグスクにも、火の粉が降りかかってくる。米兵の犯罪が頻発。なのに、捜査権がない。犯罪者の米兵はMPが捕まえ裁き、罪も軽微だ。やりたい放題。ヤマコにも不幸が・・・。米軍機の墜落事故で教え子を亡くす。そして、左翼運動家になっていく。レイのヤクザの世界にも、親米派と反米派の対立が・・・。
 そういう風に、3人の主人公を使って沖縄の歴史を追体験させる趣向となっている。
 結婚を約束しておいて、無視してアメリカに帰る兵隊。その母親は絶望で薬物中毒になり、小学生の娘を変態米兵の相手にさせる。最後は、心中って話しはリアルだったし、ベトナム戦争から持ち帰った化学兵器の存在を佐藤総理も知っていて、沖縄人だけに秘密にされていたとか。問題を起こしても罪が軽くてすむ米兵。ひどい世界だと思った。瀬長亀次郎、、ポール・W・キャラウェイといった実在の人物を登場させることでリアリティもある。
 ミステリーと、歴史を同時体験でき。ラストでは、オンちゃん探しの謎を解決し、伏線もすべて回収されます。

 しかし、この物語、欠点も目立った。
 沖縄の生の言葉が難解で読みずらい。
 リズムが悪い。
 三人の主人公が、魅力がなさすぎて感情移入不可能。
 一人称と三人称が混じったようなことろも迷わされた。
 ご都合主義な部分が多すぎた。
 とにかく、以上の理由で読みにくかった。
 絶体絶命の時に、不自然な助けが入ったりと変なご都合主義を多用している。
 例えば、ヤマコ。前半は、暴走族のリーダーの女のように、性的な魅力のある美女として描かれている。しかし、オンちゃんが戦果アギヤーで盗んで作った学校の先生となる。さらに、左翼の運動家だ。ちょっと、飛躍すぎだ。身の固いはずの彼女が、お婆さんの死を契機に、グスクと同棲するという話しになる。付き合うも何もなしに、いきなり同棲って・・・。
 ヤンキー、夜の女、先生、左翼活動家・・・。これを1人の女にやらせるのは無理がある。
 実は、それはレイにあることをさせる前振りだった。同棲が前ふりなのだ。
 オンちゃんの遺品を島で見つけたレイは、ヤマコに報告に戻る。だが、彼はヤクザの抗争中で生命を狙われていた。
 左翼集会から出てきた彼女に近づく、そこに、ヤクザが襲撃。国吉さんという刑務所で世話になった人が目の前で、彼の身代わりに刺された(国吉さんは、後のシーンでも絶体絶命の危機に車いすなのに助けに入る。まるで、映画だ。何で、いいところにばかり登場するのかわからん)。
 二人で逃げる。捕まったら殺される場面。なのに、路上でレイは欲情し、ヤマコ。兄の恋人をレイプする。いくら、盛り上げるためとはいえ、これはない。生きるか死ぬかの場面で、兄の恋人を・・・。
 こういう鼻につく、ご都合主義的な場面。「それおかしいやろ」というシーンが満載でした。
 他にも、もう1つ、女給殺しの犯人を追うグスク刑事。
 
被害者の女の家の近くに洞窟があった。
 そこは、村人たちが前の戦争で自決したりして死んだ場所。
 そんなところを、女給とアメリカ兵はラブホテル代わりとしていた。
 犯人逮捕の時、米兵の車から無数の骸骨が、それは、あの洞窟にあった前の戦争で死んだ村人の骸骨だった。
 彼女は、それを戦利品として持ち帰る米兵と喧嘩になり殺されたというが、そんなサイコな兵隊はいないし、骸骨収集以前に、自分の親とかが死んだ洞窟をラブホテル代わりにする時点で恋人と喧嘩になると思う。
 というよりも、それは墓だ。墓をラブホテルにするという非常識を沖縄の女性に設定とはいえさせるのは、これは女性軽視に思えるし、逆に、沖縄の女性差別でもある。
 墓の中で、沖縄の女は米兵に抱かれて平気だとでも言いたいのか?。
 沖縄の戦後史を書いていて、アメリカによって女性の人権が踏みにじられていることを表現しているのに、逆に差別して何が直木賞ですかと思った。
 僕が、この作品が直木賞にふさわしくないと思うのは、そういうシーンがあったからです。
 せっかく、色々歴史的な事実を書き込んでいるのに、こういう過度な御都合主義の演出をされると興ざめしてしまう。


 せっかくの作品が台無しだし、精神的に傷ついた人に「 心療内科がどうの・・・」って、1970年やろと言いたいし、他にも色々と時代考証のおかしなことが目についた。後、気色悪かったのは、離島の島に、レイとヤクザの頭の又吉が行った時、地元の娘のわき毛ボーボー娘に、やたらと珍しがり性的な対象にと考えていたのだが、1970年前後の沖縄返還前の離島で、逆に、永久脱毛している女子はおらんだろうと思いました。時代考証がおかしい。わき毛ボーボー娘が普通なの。40近いおじさんたちが、そんなことに興奮するのが理解できん。この作者、変な性癖があるのかもしれんと思った。
 とにかく、むかつき、変だと思い。「嘘つけーー」とか「きもーー」とか文句を言いながら、三連休と平日二日を費やして苦労して読みました。十分に楽しめました。満足です。ただし、これを名作だとか言うてる人がいますが(直木賞を決めた人のこと)、そういう人には「それはちゃうでしょうに・・・」と言いたいですね。僕が、満足したというのは、違う意味での満足です。笑わしてもらいました。
 ただ、この本のモチーフには共感した。
「沖縄はいつまで翻弄されるの」

 僕も、そう思いますよ。このままでいいはずがない。


ページ数 541
読書時間 27時間
読了日 1/16

宝島 [ 真藤 順丈 ]
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宝島【電子書籍】[ 真藤順丈 ]
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 shindo
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